「自分は無宗教である」と考えている日本人は少なくないが、果たして本当にそうなのだろうか。実際には自覚的になっていない、気がついていないだけであり、日本人の多くは、宗教にまつわる事柄に対して様々な形で関与をしているのである。加えて、日本人の多くは、「宗教」=「信じること」との構図に縛られているだけのように思われる。「宗教性 (宗教にまつわる事柄への関与)」には「信じること (認知的側面)」だけではない「感じること (感情的側面)」「行うこと (行動的側面)」も存在しており、「信じる」に縛られずに宗教性を見てみると、日本人は様々な形で宗教性を顕在化させている。
本書では、「宗教性 / スピリチュアリティの多次元分析プロジェクト (Japan Multidimensional Assessment of Religion and Spirituality: J-MARS)」で行った調査結果をベースにしながら「様々な形で宗教性を顕在化させている日本人」について論じている。J-MARSでは、日本における宗教性 / スピリチュアリティの実態を実証的に (調査データに基づいて) 検討することを目的として、フィールドワーク、インタビュー調査による質的研究、質問紙調査による数量的研究と幅広い調査研究を行った。
本書で扱ったテーマをいくつか紹介したい。私たちが山や海に行くなど自然に触れた際に「自然の偉大さを感じる」「自然の中に神を感じる」といったようなことがある。本書では、このような意識や感情を持つことを「宗教的自然観」と定義した。J-MARSの質問紙調査では、39.6% (2618 / 6613名) が「そのような体験がある」と回答したのである。全てが「体験した」と回答したわけではないが、この調査結果から「信じること」だけではない「感じること」にも目を向けることの意義が示されているように思われる。
また、本書では「被災地における宗教性」についても取り上げた。J-MARSにおいて、阪神淡路大震災の被災地では毎年開催されている「ろうそく法要」におけるフィールドワークとインタビュー調査、東日本大震災の被災地では「非業の死を遂げた児童生徒に対する卒業証書授与」における質問紙調査を行った。それらの調査で見えてきたことは「慰霊」という「行うこと (儀礼的行為)」であった。
上記以外にも本書においては、近年、様々な場面で見聞きする「スピリチュアリティ」の問題、あるいは私たち日本人の生活の中に浸透し、普段の行いの中でもほとんど意識することがない「神道ナラティブ (語り・物語)」の存在、また「信仰をもっていない」と答える日本人の宗教性の様相といったテーマを取り上げ、「信じること」だけに着目しては見えてこない「日本人の宗教性」を明らかにしている。
昨今、ユダヤ―キリスト教世界とイスラム教世界との対立を含め「宗教 / 宗教性の有り様」が世界的に問題になっている。そうであるからこそ、「日本人の宗教 / 宗教性」を考えることは避けることはできない事項であり、本書を通して、それらを考えるきっかけとして欲しい。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 助教 松島 公望 / 2017)
本の目次
序章 日本人の宗教性を測る―宗教を心理学するためのガイドライン (松島公望: 東京大学)
第1章 東日本大震災の被災地から見る日本人の宗教性―非業の死を遂げた子どもへの慰霊をめぐって (大村哲夫: 東北大学)
第2章 それからを生きるための宗教―阪神淡路大震災からのメッセージ (川島大輔: 中京大学・浦田 悠: 大阪大学)
第3章 日本の中で「信仰」に生きる人々―あなたの知らない世界? (相澤秀生: 跡見学園女子大学)
第4章 「こころの健やかさ」から見えてくる日本人の宗教性―より良く生きるために宗教は必要か? (中尾将大: 大阪大谷大学)
第5章 自然体験の中での宗教心―宗教性の一指標として (西脇 良: 南山大学)
第6章 日本文化の中で生きている「神道ナラティブ」―身近すぎて気づけない存在 (酒井克也: 出雲大社和貴講社)
第7章 日本人は宗教、スピリチュアリティをどのように見ているのか―イメージから読み解く日本人の宗教性 (小林正樹: 中央学術研究所)
第8章 「信仰をもっていない」と答える人の信仰の世界 (荒川 歩: 武蔵野美術大学)
第9章 スピリチュアリティを心理学する―spiritualityに混在する「厄介さ」と「可能性」の探究 (タカハシマサミ: ノースイースタン大学)
付録 J-MARSにおける質問紙調査の概要 (松島公望: 東京大学)