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書籍名

ちくま学芸文庫 増補 靖国史観 日本思想を読みなおす

著者名

小島 毅

判型など

256ページ、文庫判

言語

日本語

発行年月日

2014年7月9日

ISBN コード

978-4-480-09627-2

出版社

筑摩書房

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増補 靖国史観

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本書は2007年にちくま新書として刊行された『靖国史観 - 幕末維新という深淵』に、「大義」と題する章を新規に書き下ろして付け加え、学芸文庫版として再刊したものです。東京九段の地に鎮座する靖国神社の歴史的由緒と、この神社が象徴する歴史認識とについて、学術的に解説してあります。
 
近年、靖国神社が社会的話題になるのは、政治家による参拝行為とそれに対する諸外国からの批判報道がもっぱらです。これは靖国神社の用語で昭和殉難者と呼ばれている、いわゆる東京裁判 (正しくは極東国際軍事裁判) の被告の一部が合祀されているためです。これが現代の「靖国問題」ですが、そもそもの神社創建は全く違う経緯に由来します。靖国神社は、明治維新という政変を歴史的・理論的に正当化するために設置された国家の施設でした。そして、敗戦後に宗教法人となってからもこの歴史認識を維持・喧伝し続けています。ところが、この事実は意外な程知られていません。
 
著者は、本書に先立つ2006年に『近代日本の陽明学』(講談社選書メチエ) を上梓し、その中で靖国神社を生み出したのは儒教の一派の水戸学だったことを指摘しました。本書ではこれを深めて、靖国神社の思想資源が儒教なかんずく朱子学にあることを論証しています。つまり、靖国神社自身が宗教的・信仰的言説として主張しているように、あるいは靖国神社を擁護する立場の人たちが力説しているように、日本古来の神道思想に属する施設ではないのです。
 
本書は靖国神社に関連する術語を名称とする4つの章から構成されています。第一章「国体」は、この語の語源から説き起こし、それが水戸学において特殊な意味を持つようになったこと、そして明治維新以降、特に昭和初期にこの語が具えていた暴力的性格について論じます。国体とは、決して「国民体育大会」の略称ではありません。第二章「英霊」は、靖国神社の祭神についてです。この神社がこの用語の典拠としたのは水戸学の思想家の詩です。その詩で述べられているのは、尊王攘夷思想でした。英霊とは尊王攘夷、すなわち天皇のために外国人と戦ったり、外国人の手先になってしまった悪い政府を倒したりするために命を落とした人たちのことなのです。第三章「維新」でもこの語の由来を紹介しています。政治家が自分たちの党派の名称にすべきような軽々しいものではなく、この語は天皇がふたたび天の加護を受けるようになったことを示す重い意味を持っており、靖国神社は1867年の王政復古の大号令を礼賛する歴史認識にもとづいて創建されました。そして、文庫版で増補した第四章「大義」は、以上の諸事項の基盤にある儒教思想を、原書刊行後の時局の動きもふまえてあらためて解説したものです。「春秋の大義」こそが、靖国神社を支える思想です。
 
この本が広く読まれることで、靖国神社についての精確な歴史知識が広まり、誤解・曲解にもとづく国際的な偏見が減じることを願っています。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小島 毅 / 2016)

本の目次

第1章 国体 (国体の本義 寛政の改革 ほか)
第2章 英霊 (靖国の祭神 誰が英霊なのか ほか)
第3章 維新 (維新の本義 革命との相違 ほか)
第4章 大義 (大義の本義 正義の戦争 ほか)

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