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白とグレーの表紙

書籍名

光文社新書 天皇と儒教思想 伝統はいかに創られたのか?

著者名

小島 毅

判型など

315ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2018年5月17日

ISBN コード

978-4-334-04354-4

出版社

光文社

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天皇と儒教思想

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本書は天皇にまつわる儀礼や制度には「伝統」と称していながら本当の伝統ではなく、明治維新のあとに創られたものが紛れ込んでいることを指摘している。その中から6つをあげて、「有識者」たちの間違いによって国民が思いこまされている事柄の訂正を試みている。
 
まずは天皇の「お田植え」と皇后の「ご養蚕」。どちらも近代になってから始まったものにすぎない。背後には儒教思想があり、その教義を近代社会の要請に合わせたのであった。つまり、伝統ではなく、非常に近代的な行為なのである。
 
次に天皇や皇室の墓。ヤマト政権時代の古墳やそれを模倣した神武天皇陵を見て、天皇は古来ずっと神道のやり方で葬られたと誤解している人たちがいる。しかし、「天皇」という称号を使いはじめてまもない8世紀から明治維新の直前まで、1250年間にわたって天皇は仏教式に葬られていた。そして、大きな墓も造らなかった。孝明天皇 (明治天皇の父君) から古制に戻したとされるが、その背景には儒教の仏教批判があった。
 
また、皇室祭祀のなかにも明治時代に誕生したり復活したりしたものがある。しかも「復活」と言ってもそれは昔のやり方そのままではなく、名称は同じでも中身を変えている。これらも儒教の教義にもとづいて定められている。
 
天皇代数の数え方は『大日本史』の主張に基づいて明治時代に改められた。『大日本史』編纂事業は17世紀に徳川光圀が始めたもので、そこでは天皇代数についての「三大特筆」と呼ばれる特徴がある。特に、南北朝時代を南朝の天皇によって数えているのは、当時の実態に合わない。これは実態より理念を重視する儒教の名分論に由来する考え方である。
 
一方、暦については、古代に儒教思想に基づく中国のものを輸入して以来、一貫して太陰太陽暦 (いわゆる旧暦) を使ってきた。ところが明治政府は、思想的理由ではなく財政問題という現実的な理由で西洋式のグレゴリオ暦 (今の太陽暦) を採用した。「伝統を重んじる」と主張する現在の論者たちがこの点を指摘しない (古来の太陰太陽暦を復活させようとしない) のは、彼らがいう「伝統」が明治時代のことを指すにすぎないことを象徴的に示している。
 
最後に元号について。これもまた古代に中国から移入した制度である。本書では述べていない (本書出版後のことだったため) が、令和は「史上初めて和書から採用した」と、政府は主張している。しかし、(1)『万葉集』の漢文 (中国語) の箇所からである、(2) その文章は中国の文章をもとに書かれておりそこに令と和の2文字も見える、(3) 一世一元制は明治時代に当時の中国のやり方を模倣採用した、(4) そもそも元号を定めること自体が儒教思想である。今回の改元で、はしなくも「創られた伝統」があらわになった。
 
以上、本書では自称伝統主義者たちの言論がいかに軽薄で史実に基づかないものであるかを、(著者の政治信条からではなく) 学術的に指摘した。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小島 毅 / 2019)

本の目次

はじめに
第一章  お田植えとご養蚕
第二章  山稜
第三章  祭祀
第四章  皇統
第五章  暦
第六章  元号
おわりに
 

関連情報

著者インタビュー:
月刊本の窓 連載対談 中島京子の「扉をあけたら」
ゲスト: 小島毅 第二十八回「日本は、追い越されたのではない。」 (P+D MAGAZINE)
https://pdmagazine.jp/trend/tobirawoaketara-028/
 
書評:
ベストセラー解読: 長薗安浩 評「明治期にも伝統改変」 (『週刊朝日』2018年8月3日号)
https://dot.asahi.com/ent/publication/reviews/2018072400012.html?page=1
 
林操 (コラムニスト) 評「儒教で炙りだすエセ保守・エセ伝統」 (『週刊新潮』2018年6月14日号)
https://www.bookbang.jp/review/article/554175
 
高嶋久 評「意外に新しい皇室の伝統行事」 (『世界日報』 2018年6月3日)
https://www.worldtimes.co.jp/
 
島田裕巳 評「宗教で読み解く現代社会」 (『日刊ゲンダイ』 2018年9月26日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/238189
 
倉田貢 評 (『研究東洋』9号 2019年2月20日)
 

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