本書は『儒教が支えた明治維新』の姉妹編 (兄弟編?) で、こちらも著者がこれまで発表してきた文章を集めたものである。ただし、書き下ろしを含む。
全体を貫くテーマは江戸時代の末期に「志士」と呼ばれた人たちが、明治維新を経て「英霊」として靖国神社に祀られるようになる、その思想的背景を紹介している。その意味では、内容的に『増補 靖国史観』(ちくま学芸文庫) とも近い。
本書は4部構成で、それぞれに映画「スターウォーズ」にちなんで気取ったタイトルが付けられている。曰く、
1 二人のジェダイ ― 西郷隆盛と吉田松陰
2 ダークサイドの誘惑 ― 殺身成仁の美学
3 エンパイアの理念 ― 宋学の思想史的意義
4 フォースと共にあれ ― 理気論の人間観
以下、簡単に紹介しよう。
1では副題に名前をあげた2人の志士について、一般に知られているのとは別の見方を紹介している。西郷隆盛は室町幕府の創設者足利尊氏と共通点が多い。西郷は明治天皇の軍隊と戦って死んだのに英雄視され、後醍醐天皇に逆らった尊氏のほうは謀反人のレッテルを貼られた。また、吉田松陰はすぐれた人材を育てた教師というよりは、要人暗殺を企んで処刑されたテロリストである。
2ではこの2人が信奉した尊王思想、その行動主義について述べている。彼らをはじめ、幕末の志士たちは14世紀に書かれた『太平記』に惹かれていた。『太平記』の読者たちは足利尊氏の行動を批判し、幕府よりも天皇を重視するようになる。その思想的淵源が中国伝来の宋学 (儒教の一派) にあることを紹介している。
3では宋学が日本でどのように受容されたかを論じる。「尊王攘夷」とはもともと中国の宋学で強調されていた思想だった。特に水戸藩で生まれた水戸学が幕末には大きな役割を果たし、明治時代の天皇制の基礎となった。最後の点は『天皇と儒教思想――伝統はいかに創られたか』 (光文社) で詳しく解説している。
4では宋学の世界観・人間観が日本に及ぼした影響を論じる。宋学は私たちが暮らしている21世紀とは異質な観点で世界や人間をとらえていた。そのことを知らないと幕末維新期の人々の行動は正しく理解できない。彼らは私たちとはちがう価値観を持っており、彼らを賛美するのは現代の日本社会を否定することである。
本書の内容は必ずしも著者が発見したわけではなく、多くは学界ですでに通説として知られている。ところがそれが世間に広まっていないことが、著者が本書をまとめた最大の理由である。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小島 毅 / 2019)
本の目次
西郷隆盛と足利尊氏―大河ドラマ「西郷どん」雑感
西郷隆盛の敬天愛人
大河ドラマ「花燃ゆ」と吉田松陰
吉田松陰と陽明学
明治から昭和へ、松陰像の変遷
破壊王と呼ばれて
私が吉田松陰批判を通じて目指すこと
教育者、松陰の誕生―玖村久雄『吉田松陰』解説
2 ダークサイドの誘惑 ― 殺身成仁の美学
死を見据えるー儒教と武士道、「行の哲学」の系譜
太平記、宋学、尊王思想
太平記と夢窓疎石
3 エンパイアの理念 ― 宋学の思想史的意義
思想史から見た宋代近世論
宋学の尊王攘夷思想とその日本への影響
水戸学の天皇論―現行制度を再検討するために
4 フォースと共にあれ ― 理気論の人間観
朱子学の理気論・心性論
東アジア伝統思想の「尊厳」
正気歌の思想―文天祥と藤田東湖
関連情報
塚田紀史「幕末の志士たちは「テロリスト」だった そしてジェダイはダークサイドに落ちた」 (東洋経済ONLINE 2018年7月29日)
https://toyokeizai.net/articles/-/230326
『志士から英霊へ』を書いた
東京大学大学院人文社会系研究科教授 小島 毅氏に聞く (週刊東洋経済Plus 2018年7月28日)
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/18546
書評:
短評: 志士から英霊へ 小島毅著 (『日本経済新聞』朝刊 2018年8月11日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO34049900Q8A810C1MY7000/