東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

赤茶色の表紙に人と人が向き合ったイラスト

書籍名

ディスコースの心理学 質的研究の新たな可能性のために

著者名

鈴木 聡志、大橋 靖史、 能智 正博 (編著)

判型など

252ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2015年4月10日

ISBN コード

9784623073306

出版社

ミネルヴァ書房

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ディスコースの心理学

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本書は「ディスコース分析」に関わるおそらく日本で初めての本である。読者の多くもきっと「ディスコース」という言葉からしてなじみがないだろう。詳しくは本書の1~3章を読んでみてほしいが、ディスコースは言説・談話などと訳され、ディスコース分析は言語表現の背景にある社会や文化を取り扱う研究のことである。
 
これだけだとなかなかピンとこないだろうか。少し例を出してみよう。もしも、今読んでいる“この文章”を分析するならば、数量的な分析だったら文字数や読者数を統計的に測定したり、多くの質的分析では文章の内容を分析するだろう。一方、ディスコース分析は、“この文章”がどういう風に“描かれているのか”という点に着目する。例えば、前段落で概論を簡単に触れて、次に例が提示されるといった文章構造、「○○だろうか」などと読者に語りかけるような文体、上に添えてある本書の表紙写真と文面との距離感などに目を向ける。そして、これらの文脈や社会からの影響はどのようなものかといった点を検証していく。このような分析によって従来の心理学研究とは異なる視点や示唆を探求することができるだろう。
 
さて、本書は全部で12章であるが、最初の3章は共編者3名による概論的なものである。ディスコース分析と他の質的分析との関連、その発展の歴史、経験の取り扱い方の姿勢といった点が示される。
 
続く9つの章はディスコース分析を実践したものである。扱われるテーマは、心理学、もしくはもっと広く人々の生き様に光を当てているという共通性はあるが、それ以外は各々の著者の興味関心や専門によって異なる。色覚異常、知的障害児の母親、自死遺族、原爆体験者…と多岐にわたる。分析されるデータも、インタビュー、文献、観察と多様である。分析の仕方では、大掴みに文章全体の流れを把握するものから、ちょっとした頷きや言い淀みを会話分析的に検討するものまである。著者には、研究者も心理援助の実践家もいる。ディスコース分析は、もともと社会学や言語学に端を発し、その後、研究者間で姿勢やアプローチに関して大きな批判や対立が生じてきたという経緯がある。この発展の歴史や本書のテーマの多様性から、ディスコース分析が広い分野に応用可能で枠に収まりきらないエネルギーを持っていることが感じられるだろうか。
 
第1章から順を追って理解を深めていくもよし、気になる研究テーマから読み始めるもよし、各々のペースでディスコース分析のおもしろさを味わってみてほしい。この本に触れるなかで、自分の生や生きている社会についても今一度振り返ってもらえればと思う。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 能智 正博 / 2017)

本の目次

第1部  理論編
  第1章  質的研究におけるナラティヴとディスコース
  第2章  ディスコース心理学とディスコースの心理学
  第3章  経験を研究するディスコース分析
第2部 実践編
  第4章  色覚異常を自覚させられる経験
  第5章  知的障害児を持つ母親は子どもの将来をどのように語るのか
  第6章  自死遺族のナラティヴ―対話的関係を共同生成するプロセス
  第7章  原爆体験者の対照的な語り―生存者ディスコースと被害者ディスコース
  第8章  対話プロセスとしての自己の語り直し
  第9章  ポジショニング理解によるクライエントの語りの理解―「受け入れられる」ことは何を意味するのか
  第10章  認知症高齢者との会話における繰り返し―「症状」を「会話上の実践」として捉え直す
  第11章  子どもの「非行」と向き合う親たちの語りにおける笑いの機能
  第12章  想起行為の軌跡を分析する―超常体験報告のディスコース
 

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