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白い表紙にネパールの街の写真

書籍名

体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相 言説政治・社会実践・生活世界

判型など

592ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2017年3月17日

ISBN コード

978-4-88303-433-8

出版社

三元社

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体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相

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本書は、ネパールにおける過去10年の社会動態を、「包摂」という語をキーワードとして、多角的に捉える試みである。執筆者はいずれも、ヒマラヤ地域での長期の調査経験を持っており、多くは文化人類学者である。
 
ネパールは大部分ヒマラヤ山脈の南側に位置する国家で、その国土には、ヒマラヤの高地から亜熱帯のジャングルまで多様な環境が存在する。ネパール国内の住民もまた、社会文化的にも言語的にも多様であり、近現代ネパールの歴史の中で、国内の多様な住民と国家との関係は常に問題となってきた。1960年からほぼ30年にわたり国王中心の一元的な国民統合政策が続いたが、国内の多様性への配慮は乏しく、とりわけネパール語を母語としない人々の一部に不満が高まった。1990年の民主化により、ネパールは多民族・多言語の立憲王国として安定していくかに思われたが、1996年に勃発したマオイストの「人民戦争」(彼らは、階級のみならず、ジェンダー、宗教、カースト、民族、地域等に関する解放をも要求した) により、実質上の内戦を経験した。2006年の第二次民主化により国王が実権を手放し、次いで内戦が終結したことにより、ネパールは、立憲王国から連邦民主共和国への、長い体制転換期に入ることとなった。ネパール史上初めて国民自身の名により新たな憲法を制定し「新ネパール」を築くことへの広く共有された希望から始まったこの時期、ネパール国内では、カースト、民族、地域等に基づく様々な集団範疇に基づく権利主張と、それに関する様々な立場からの議論が、従来以上に盛んになった。
 
大きく変容しつつあるネパールとそこに住む人々の動きをそれなりの統一性をもって論じるために、本書では、2006年以降のネパールで大きな重要性を持った語「inclusion (包摂)」と、そのネパール語訳サマーベーシーカラン (samāveśīkaraṇ) に注目した。体制転換期のネパールでこの語が用いられることが多かったのは、民族、カースト、またジェンダーといった領域であったが、本書の各論文が示すように、政治的な言説と人々の生活世界の間にはしばしばずれが見られ、その双方が多様な社会実践により変容していく、という過程が見られた。さらに本書は、ストリート・チルドレンなど、ネパールにおける「包摂」を巡る議論であまり取り上げられてこなかった人々、また、「宗教」というネパールにおいて独自の重要性を持ってきた領域 (過去半世紀以上にわたりネパール憲法には「宗教」に関する権利が明記されてきたが、他人を改宗させることは現在に至るまで憲法で禁じられている) にも焦点を当てている。他方、移民に関する論考は、海外出稼ぎがネパールに住む人々の多くにとってごく身近な可能性となった現在、移民を巡る状況や運動が、国内の状況と様々な形で結びつくさまを明らかにした。最後の章は、同じくヒマラヤ南麓の国家でありながら、ネパールとは対照的な歩みを続けるブータンの状況に関する論考である。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 名和 克郎 / 2017)

本の目次

はじめに / 名和克郎
序章 体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相――言説政治・社会実践・生活世界 / 名和克郎
第1章 近現代ネパールにおける国家による人々の範疇化とその論理の変遷 / 名和克郎
第2章 ネパールの「カースト / 民族」人口と「母語」人口――国勢調査と時代 / 石井 溥
第3章 国家的変動への下からの接続――カドギのカースト表象の展開から / 中川加奈子
第4章 ガンダルバをめぐる排除 / 包摂――楽師カースト・ガイネから出稼ぎ者ラフレへ / 森本 泉
第5章 ネパール先住民チェパン社会における「実利的民主化」と新たな分断――包摂型開発、キリスト教入信、商店経営参入の経験 / 橘 健一
第6章 何に包摂されるのか?――ポスト紛争期のネパールにおけるマデシとタルーの民族自治要求運動をめぐって / 藤倉達郎
第7章 そこに「女」はいたか――ネパール民主化の道程の一断面 / 佐藤斉華
第8章 テーマ・コミュニティにおける「排除」の経験と「包摂」への取り組み――人身売買サバイバーの当事者団体を事例に / 田中雅子
第 9 章 ストリート・チルドレンの「包摂」とローカルな実践――ネパール、カトマンドゥの事例から / 高田洋平
第10章 乱立する統括団体と非 / 合理的な参与――ネパールのプロテスタントの間で観察された団結に向けた取り組み / 丹羽 充
第11章 「包摂」の政治とチベット仏教の資源性――ヒマラヤ仏教徒の文化実践と社会運動をめぐって / 別所裕介
第12章 移住労働が内包する社会的包摂 / 南真木人
第13章 多重市民権をめぐる交渉と市民権の再構成――在外ネパール人協会の「ネパール市民権の継続」運動 / 上杉妙子
第14章 現代ブータンのデモクラシーにみる宗教と王権――元的なアイデンティティへの排他的な帰属へ向けて / 宮本万里
おわりに / 名和克郎
 

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