私が計量経済学を始めとする実証分析にとても強い魅力を感じるようになったのは、経済学の博士号を取得するためにアメリカに留学してからです。アメリカの大学院では、データ分析の課題が毎週のようにでます。さらに、レポートで実証分析を行おうと思えば、匿名の個人データが使え、当時の日本の状況とは全く異なっていました。日本にいた時は調べたいことがあってもデータが無いという状況だったのが、データが豊富にあって、全部を調べ尽くすことができないという全く逆の状況になりました。手当たり次第に色々と調べているうちにその魅力にとりつかれてしまいました。
計量経済学において最も大切なのは、「学歴と所得」といったように二つの事柄の因果関係を知ることです。そのために、二つの事柄の関係を表す上で便利な回帰モデルをよく使います。計量経済学は確率統計を使いますから、それが苦手な人にはちょっと敷居が高いと思うのも無理はないと思います。しかし、確率統計と計量経済学はすこしおもむきが違います。確率統計は限られたデータから、その背後にあるメカニズムを探る方法についての学問ですが、計量経済学を始めとする実証分析では、何よりもまず「自分の調べたいこと」がなければ始まりません。逆にいうと、調べたいと思うことがあるからこそ、その目的を達成するために確率統計を学ぶのです。目の前の壁が超えなければならないものかわからないのに、あえて超えようとする人はいませんが、目的がはっきりしていれば、壁を超えてみようという気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。本書では、何のために計量経済学を学ぶのかを初学者が見失わないようにするために、いろいろな実証例を紹介しています。
日本の教科書でもウェブサポートを準備しているものが徐々に増えてきたのではないかと思いますが、まだまだ少ないと思います。本書のウェブサポートページは、内容もボリュームもシリーズの中で最も充実しているのではないかと思っています。このページでは、教科書の例題と練習問題で利用したデータ、発展的な内容についての補論、練習問題の解答・解説、統計ソフト使い方の簡単なガイド、練習問題の結果を再現するためのプログラム (Stata,R,gretl)を提供しています。複数のソフトウェアに対応していますので、自分にあったものを選んで学ぶこともできますし、解答解説を使えば、独学もできるようになっています。とにかく自分でデータを分析してほしいという強い思いを込めて準備しましたので、ぜひチャレンジしてください。
自分の思いや考えを他人に伝える時、根拠があると格段に伝わりやすくなります。計量経済学はこの根拠を手に入れる手段です。その手段を身につけるためには、何度も自分で手を動かして分析してみることが一番良い方法です。まさに「実証分析、実践あるのみ」です。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 田中 隆一 / 2017)
本の目次
第1部 確率と統計のおさらい
第2章 データの扱い方─数字に隠された意味を読み取る
第3章 計量経済学のための確率論─不確かなことについて語る
第4章 統計学による推論─観察されたデータの背後にあるメカニズムを探る
第2部 計量経済学の基本
第5章 単回帰分析─2つの事柄の関係をシンプルなモデルに当てはめる
第6章 重回帰分析の基本─外的条件を制御して本質に迫る
第7章 重回帰分析の応用─本質に迫るためのいくつかのコツ
第3部 政策評価のための発展的方法
第8章 操作変数法─政策変数を間接的に動かして本質に迫る
第9章 パネル・データ分析─繰り返し観察することでわかること
第10章 マッチング法─似た人を探して比較する
第11章 回帰不連続デザイン─「事件」の前後を比較する
関連情報
『計量経済学の第一歩 実証分析のススメ』著者:田中隆一インタビュー
http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/interview/publishment/ryuichi.tanaka_2016_08.html