アメリカ大統領の権限とその限界 トランプ大統領はどこまでできるか
トランプ大統領は就任以来多数の大統領令を発し、紙面を賑わした。こうしたニュースに接し、アメリカの大統領は強大な権限をもつという印象を得た読者も少なくないであろう。
いうまでもなく、日本では議院内閣制が採用されている。日本人が他国の政治を見る際、しばしば避けがたい困難は、この議院内閣制的バイアスである。どうしても、大統領制のもとのアメリカ政治についても、議院内閣制のレンズでみてしまいがちである。たとえば、ワシントンに派遣された日本人特派員はホワイトハウスや国務省の取材に集中しがちであるが、実は重要な決定はしばしば議会において下される。実際、予算も含め、大統領・内閣・行政部は法案を議会に提出することすらできないのである。
同時に、アメリカの大統領制の独自性について理解することも重要である。というのも、フランス、ロシア、韓国、あるいは多数の中南米やアフリカ諸国における大統領制では、ほとんどの場合、大統領に強大な権限が与えられているが、それに対してアメリカの大統領の権限はきわめて限定されており、世界の大統領の中でももっとも弱い方であろう。あえて単純化してアメリカ大統領の権限を特徴づけるとすれば、立法面では、すなわち議会との関係では非常に弱体であるものの、行政面では、すなわち行政部を掌握するという点ではきわめて強力である、ということになる。
本書は、しばしば誤解されているアメリカ大統領の権限・権力・影響力について、とくにトランプ大統領を素材にしながら、歴史・制度の本旨に立ち返りながら、同時に近年および現政権下で起きている新しい現象も分析している。本書では「大統領令」と呼ばれているものの中に、実はさまざまな種類があること、またその効力は議会の立法に根拠を持つがゆえに、相当程度限界があることが指摘されている。最近は州政府との関係も、大統領にとってしばしば頭痛の種である。それは、州政府、とくに野党系の州司法長官が、大統領を頻繁に提訴し、しばしば連邦裁判所は州政府の側を勝たせるからである。それに対して、パリ協定離脱やTPP (環太平洋経済連携協定) 離脱のように、大統領の判断で容易に実施に移すことができる政策も少なくない。
突如開催されることになった2018年6月の米朝首脳会談、あるいは同年に入ってから激化しているEUや中国との通商摩擦などを見ると、とくに外交、安全保障、通商政策などでアメリカの大統領がもっている権限の大きさは、過小評価できない。
ただし、注意が必要なのは、このような大統領による大胆な権限行使の傾向はトランプ大統領から始まったわけではなく、以前の大統領から、とりわけオバマ大統領から加速していたことである。不法移民であれ地球温暖化であれ、政策の方向性こそ異なるものの、議会との厳しい対立が常態化したこんにち、アメリカの大統領は様々な方法を駆使して自らの政策目標を達成しようとしている。本書はそのようなアメリカ政治の一断面の描写に他ならない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 久保 文明 / 2018)
本の目次
第1章 アメリカの大統領制 ―比較論的考察
第2章 憲法からみたアメリカ大統領
第3章 大統領権限の変遷 ―建国期から革新主義の時代にかけて
第II部 強大化する大統領権限
第4章 協調的大統領制からユニラテラルな大統領制へ
第5章 乱発される「大統領令」
第6章 官僚機構の政治化とその帰結
第7章 大統領の側近と大統領権限 ―議会対策としての多数党化戦略を中心に
第8章 大統領権限の拡大と州政府の対抗
第III部 大統領権限はいかに行使されたか
第9章 パリ協定からの離脱
第10章 州司法長官たちによる訴訟戦略と大統領
第11章 大統領権限と制裁 ―対東アジア (中国、北朝鮮) を中心に
第12章 大統領の戦争権限
関連情報
『外交』Vol.50、Jul./Aug. 2018, p144.
http://www.gaiko-web.jp/archives/1985
トランプ大統領の権力の限界 (JACFO / CFO FORUM 2018年10月15日)
久原 正治 (久留米大学理事 昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員) 評
http://forum.cfo.jp/?p=10666