有斐閣アルマ アメリカ政治 第3版
本書の初版は2006年に刊行された。まだジョージ・W・ブッシュ政権の時である。その後ホワイトハウスの主がバラク・オバマ、ドナルド・トランプへと変化したことに示唆されるように、アメリカ政治はこんにちまで大きく揺れてきた。一時90%に達する支持率を誇ったブッシュ政権はイラク戦争後、イラク占領統治で失敗し、支持率は30%を割るに至った。08年にはアメリカ史で初めて、少数派である黒人の大統領が当選し、金融危機後のアメリカにおいて、経済再建と皆保険化に取り組んだ。そして16年には、完全にアメリカ政界のアウトサイダーであったトランプが大統領に当選した。本書は幸いにして版を重ねることができ、第三版まで漕ぎつけた。
このように表層では激しい変化を示してきたアメリカ政治であるが、厳格な三権分立を柱とするアメリカの大統領制は堅固に残り、民主党・共和党からなる二大政党制についても、根底から動揺したわけではない。本書は、短期的な変化よりは、それを越えて通用するアメリカ政治の原則や根本を理解することを目指している。
本書では、アメリカ民主主義のダイナミズム - 政治過程 (第二部)、統治構造 (第三部)、そして争点と政策 (第四部) と叙述を展開する前に、第一部としてアメリカ政治のマクロ的特徴を提示している。それは、「アメリカの国家と国民」、および「超大国アメリカとグローバリゼーション」と題された2つの章から成っており、アメリカの政治に特徴的な側面を抉り出そうとしている。たとえば、超大国アメリカについては、経済大国・通商大国・軍事大国・文化大国の側面から説明を施しているが、このような章がないと、きわめて重要にして根本的なアメリカ政治の特徴が見逃されてしまうことになるであろう。
また、以下の箇所も本書の特徴的なところの一部であると思われる。
司法の説明においては、連邦だけでなく州政府における司法部の役割とその特徴についても触れ、とくに多数の州が実践している選挙による裁判官選出の制度についても解説している。地方自治と連邦制の章においては、州が競合して企業の投資を呼び込もうとしている様相について説明している。マイノリティの章では、黒人のみでなく、ヒスパニック、ユダヤ人、そしてアラブ・ムスリム系市民についても頁を割いている。外交の章では、同盟国としての日本の位置づけについても触れた。
むろん、大統領、議会、政党を説明した章においても、アメリカ政治の専門家でない読者は意外なアメリカ政治の真実に遭遇することになるであろう。たとえば、大統領の権限は厳しく限定されていること、議会がきわめて強大であること (法案・予算案の作成も議会自らが行う)、政党についても、党首に相当するポストがないことや、州の政党法の規定によって、党の幹部が一方的に公認候補を決定することができず、党員による予備選挙の勝者が自動的に公認候補となることなどである。これらの点も、アメリカ政治の専門家にとっては常識に属するものであるが、そうでない読者には実は、重要なことでありながら、ほとんど知られていないことではなかろうか。
全体を通じて、日本の読者を想定して書かれていることからして当然かもしれないが、比較の視点からアメリカ政治を観ることが強く意識されている。案外多くの「未知との遭遇」を楽しんでいただけるのではないかと期待する次第である。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 久保 文明 / 2018)
本の目次
第1章 アメリカの国家と国民
第2章 超大国アメリカとグローバリゼーション
第II部 アメリカ民主主義のダイナミズム
第3章 選挙
第4章 政党と利益団体
第5章 政策形成過程
第III部 統治構造
第6章 大統領制
第7章 議会
第8章 司法の政治的役割
第9章 地方自治と連邦制
第IV部 争点と政策
第10章 思想・イデオロギー
第11章 政治・文化・宗教
第12章 アメリカ政治とマイノリティ
第13章 外交と安全保障