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さび模様の写真に草色の表紙

書籍名

開発援助がつくる社会生活 第2版 現場からのプロジェクト診断

著者名

青山 和佳、 受田 宏之、小林 誉明 (編著)

判型など

260ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年12月25日

ISBN コード

978-4-86429-484-3

出版社

大学教育出版

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開発援助がつくる社会生活 第2版

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本書は、一見すると「開発学」の本であり、そのようにして手にとってもらってもよい。しかしながら、この本を通じてわたしを含む6人の書き手が挑戦したことは、実は、「学問を用いて現実を理解するとはどのような行為か」という根本的な問いを語り合おうとしたことだった。ここでいう「学問」とは、狭い意味でいえば書き手の修士号・博士号の取得分野である経済学、政治学、法学、国際協力学など個別分野を指すけれども、広い意味で言えば学位取得分野に留まらずに必要とあれば他分野と交流したり、新しい分野を創出することも含んでいる。また、本書が対象とする「現実」とは、個別の開発援助プロジェクトの現場で実際に生じている状態や事実のことである。わたしたちが重視したことは、「理解」しようとするとき、誰の視点に立つか意識することであった。
 
初版を制作していたとき、わたしたち6人は学位取得前後という意味で若手研究者だった。本書の特色のひとつは、「初めてのフィールドワーク」、あるいは「学位取得後に通い続けるフィールドワーク」を含んでいることだ。その現場はアジアとラテンアメリカの計6カ国に渡り、多くの場合、本書のタイトルが示すとおり受益者の「社会生活」に接近して調査を試みている。その「当時」は、そうした現場に入って見ること自体が一苦労であった。しかしいまとなっては、それぞれの調査地をネット上で割と簡単に「見る」ことができるし、グーグルアースを使えば航空写真で時系列的な景観変化まで確認できてしまう。そう、「見る」ことは以前よりはるかに容易になったし、実際に現場に行こうと思えば「行く」ことだって無理ではない。とくに、「開発援助」「支援」「社会的起業」などに携わりたいという志を抱くような若い読者であれば、「見る」、「行く」ということは格段に容易であろう。しかし、「聴く」ことはどうだろうか。あるいは「触れる」ことは?
 
そのような若い読者に伝えたいことは、「あなたが援助・支援しようとしている人びとの個別具体性を決して忘れないでほしい」ということだ。あなたはきっと2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」(SDGs) を知っているだろう。17の大きな目標と169のターゲットが列挙されている。きっとこれからも開発援助という営為は続いていくだろう。だからこそ、援助枠組の設計にかかわる「知識人」の卵には、絶えざる自己反省を忘れないでほしい。援助の現場で生じていることは複雑である。もちろんそこで何を知覚するか決定しなければ何も思考できない。しかし、一方で、自分がどのような学問をどのように用いて、何を知覚し何を知覚していないのか、自分に理解できないこと、行えないことはなにか、についても認める謙虚さが求められるのではないだろうか。この第2版は、そのような気持ちを込めたささやかな贈り物のつもりである。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 青山 和佳 / 2018)

本の目次

序 章 社会生活に埋め込まれる開発援助──複眼的視点からプロジェクトを診断する試み──  小林誉明・青山和佳
    I. 「援助」という事象をめぐる問題状況──本書が取り組む課題──
    II. 「捉えどころがない」援助の効果をいかに捉えるか──本書のアプローチ──
    III. 社会に埋め込まれた援助の「現場」──本書で取り上げる事例──
    IV. 次章以降のプラン
 
第1章 きこえるのは誰の声──ラタナキリ州の先住民と土地問題を支援する人たち──  初鹿野直美
    I. 先住民の集団的土地所有権と援助
    II. カンボジアにおける先住民
    III. 先住民が直面する土地問題
    IV. 先住民が抱える土地問題を支援する人びと
    V. むすび
 
第2章 「見える」ものだけが援助の成果か──変化の媒体としての石川プロジェクト──  小林誉明
    I. プロジェクトを見る多様な眼
    II. 石川プロジェクトが目指したもの──国家開発計画の策定──
    III. すれ違いからの出発──開発モデルの大きな隔たり──
    IV.対話を通じた相互作用──開発モデルをすり合わせる努力──
    V. 石川プロジェクトが生み出したもの──社会の相克を超えて──
    VI. ODAの無形の成果を見る眼
 
第3章 誰が受益者だったか──インドネシアのNGOによる小規模援助プロジェクト──  東方孝之
    I. はじめに
    II. 調査地の概況
    III. 小規模援助プロジェクト
    IV. プロジェクトの実施のなかで──依頼人-代理人の関係から──
    V. プロジェクトの影響
    VI. おわりに
 
第4章 フィールドワークを生きる──フィリピン・ダバオ市の「バジャウ」とわたしたちの10年──  青山和佳
    I. ダバオ市のバジャウと「ともに生きる」?
    II. 空間構成で見るフィールドの変化──開発援助主体の介入過程──
    III. 客観的指標で見るフィールドの (無) 変化──開発援助の「失敗」?──
    IV. 身体で理解するフィールドの変化──「ともに生きる」という現実──
    V. 結びにかえて──「ともに生きること」再考──
 
第5章 都市の先住民であることと援助──メキシコ市のオトミー移住者と開発NGOの10年──  受田宏之
    I. はじめに
    II. オトミー移住者と援助
    III. CIDESの経験
    IV. 考察──援助言説の問題点──
 
第6章 「失敗」したプロジェクトのその後──ボリビア農村部の貯水池建設──  宮地隆廣
    I. 「失敗」したプロジェクトを再評価する
    II. プロジェクトのいきさつ
    III. NGOから見た「失敗」
    IV. 予期せぬインパクトとその条件
    V. 結語
 
事例の振り返り──現場が語る援助のリアリティ──  小林誉明
 
終 章 開発援助ではつくれない社会生活──なぜ複眼的視点が求められるの──  受田宏之・青山和佳・小林誉明
    I. はじめに
    II. 援助の内在的な困難とそれへの処方箋
    III. 経済学的アプローチの功罪
    IV. 人類学的アプローチの意義
    V. おわり
 

関連情報

書評:
古沢希代子 評 (アジア研究 Vol. 57, No. 1, January 2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/57/1/57_67/_pdf
 
早瀬晋三 評 (書評空間::紀伊國屋書店KINOKUNIYA::BOOKLOG 2010年10月5日)
https://booklog.kinokuniya.co.jp/hayase/archives/2010/10/post_192.html
 
書籍紹介:
編者からの紹介 (東京文化研究所ホームページ)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/pub1712_waka.html
 

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