多文化社会読本 多様なる世界、多様なる日本
移民の受入れは、今日の日本で1つの争点となっている。それは、少子高齢化と労働力不足の観点から説かれることもあれば、社会の活力や多様化をもたらすものとして期待を込めて論じられることもある。むろん、背景の異なる人びとの流入は一定の社会的「費用」も伴う。犯罪の増加やゲットー化、政治不安等、それらをことさら強調する人びとがおり、政府も含め、彼らの影響力が高まってきたことは周知の通りである。
移民をめぐる問題は多次元に及び、その表れ方も時代や地域により異なる。日本の場合、国境を越えてたくさんの人びとが流入するないし流出するという歴史的経験に乏しい。国民の同質性は高く、少なからず存在するマイノリティは、同化を迫られたり、ときにあからさまな差別の対象となってきた。
本書では、世界各地と日本―世界11ヵ国 (コラムを含めると14ヵ国) と日本の2事例 (3つ) - における移民にかかわる歴史や出来事を、それぞれのフィールドを専門とする研究者が自由な切り口で論じている。それらを貫く問題意識は、移民という複雑な社会現象について、排外主義に陥ることなく他者を受入れるための確かな知見を読者に提供することにある。
たとえば、ヨーロッパ諸国は全般に、排外主義への対処も含め、移民の受入れについて豊富な経験を有する地域であるが、イギリス、ドイツとフランスでは移民の構成も移民政策にも違いがみられる。中国とインドというアジアの二大国は、国内に多くのマイノリティを抱えると同時に、移民を世界各地に送り出してきたが、その具体像について正確な知識があるに越したことはない。アフリカ諸国は、被援助国あるいは新興国として注目を浴びているが、一方的であったり内在的な理解に欠ける外部者の関与は、これまでそうであったように、異なる集団間の対立をもたらしたり助長する可能性が高い。いわゆる「新大陸」諸国における先住民と黒人をめぐる問題群 - 差別や貧困など - も、人の移動に起源を持つ。それらが、オーストラリアやアメリカ、メキシコにおいてどのような形をとり、各々において克服のためにいかなる努力がなされてきたのかを知ることは、日本にとっても重要である。また、私たちは、奄美語の辿った歴史や神奈川の住宅に住むインドシナ難民の現状、およびマイノリティの包摂を目指す日本の市民社会や大学の取り組みからも、多くを学ぶことができる。
このように本書は、移民研究と地域研究の対話の成果物である。日本における移民問題について、具体的な政策を扱った文献はこれまで膨大な数にのぼるほか、社会学や経済学など特定のディシプリンの応用を重視する理論志向の研究も現れている。編者の1人として、本書はこれらの先行研究にはない価値を持っており、手に取ってもらえば、その各章から有益な情報と知的刺激とを得られるものと信じている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 受田 宏之 / 2016)
本の目次
第I部 移民と国家の変容 欧州における多文化社会
1章 ドイツにおける「外国人労働者」問題と多言語・多文化社会化 相馬保夫
2章 「大英帝国」から「マルチ・エスニック・ブリテン」へ 尹 慧瑛
3章 フランス共和主義とイスラーム嫌悪 (フォビア) 李 孝徳
4章 「ユダヤ文化」の復興?
-- ポーランドにおける多文化社会の再構築の試み 篠原 琢
コラム1 カタルーニャはどこへ行くのか? 立石博高
第II部 多様性と統合 アジア・アフリカにおける多文化社会
5章 中国という言語空間から考える
-- アウターな言語のいのちのなかで <他者> になる自分へ 橋本雄一
6章 南アジアの「多様性」は何を語るのか 藤井 毅
7章 インドネシアの華人 - 同化から統合へ 青山 亨
8章 サブサハラアフリカにおける国家と言語
-- 重層的多言語状況を生きる人々 坂井真紀子
コラム2 ミャンマーにおける宗教サンクチュアリ
-- 国境沿い少数民族の生存戦略 土佐桂子
第III部 先住民と黒人をめぐる語りと政策 「新大陸」における多文化社会
9章 多文化主義オーストラリアと先住民族 山内由理子
10章 先住民の自由について考える -- 現代メキシコと先住民 受田宏之
11章 「サンボ」という表象とその意味するもの
--「奴隷とされた人たち」が生きた世界 佐々木孝弘
コラム3 多文化主義のブラジルとアフリカ系ブラジル人 鈴木 茂
第IV部 マイノリティの現場 日本における多文化社会
12章 多様性への気づき --「日本」のマイノリティ認識について 前田達朗
13章 「外国人受け入れ」反対論を乗り越えるには
--「多文化まちづくり工房」の事例から 長谷部美佳
14章 座談会: 憎悪と妄想を越えて
加藤丈太郎 金 朋央 宮ヶ迫ナンシー理沙
塩原良和 前田達朗
司会: 長谷部美佳・受田宏之
終章 大学と多文化共生 -- 東京外国語大学の経験