2018年に、外国人労働者の受け入れを拡大するための法 (出入国管理及び難民認定法など) 改正が行われた。本書は、この法改正を受けて、それまでの日本の移民受け入れや、すでに暮らしている移民の現実を踏まえつつ、同法改正の意味を検討する目的で編まれたものである。
それ以前、日本は、公式には、専門的・技術的労働者以外の外国人労働者の受け入れを原則として認めていなかった。当時日本で働く外国人労働者は140万人を超えていたが、技能実習生は「技術移転による国際貢献」、日系人は「親族訪問」というように、異なる目的のもと受け入れられた移民たちが、日本の労働現場で働いてきたのである。
こうした建前と現実のズレを前提とする制度は、1989年の法改正及び93年の技能実習制度の創設によって大筋が決められ、約30年継続してきた。それゆえ2018年の受け入れ拡大は、日本政府が、人手不足の解消や中長期的な社会基盤の維持には、外国人労働者の受け入れが必要と認めたことで、これまでの政策転換を示すものとして社会的な関心を呼んだ。
しかし、この政策が全く新しいものだったかというと、そうとはいえない面もある。本書で指摘したのは、「定住化の阻止」としてまとめられる日本政府の方針の連続性である。1989年の法改正における議論は、先んじて外国人労働者を受け入れてきた西欧諸国の経験を参照する形で行われたが、そこで共有されるようになった認識が「外国人労働者を受け入れたら定住し、社会問題につながる」というものだった。これは、そもそも西欧諸国における移民の複雑な現実を単純化した理解であった。またその後も、試行錯誤を繰り返してきた西欧諸国の移民政策の変化を踏まえて、認識がアップデートされることもなかった。むしろ日本では、滞在期限に上限を設けたり、家族の帯同を認めないことにより移民の定住化を防ぐ形での受け入れ、すなわち「定住化の阻止」としてまとめられる方針がより基調になっていった。そして2018年の法改正において新たに創設された「特定技能」制度もまた、「移民政策はとらない」という方針のもと、定住化を著しく制限するものとなっており、それ以前の方針との連続性が見出される。
一方で、こうした政策にもかかわらず、国際結婚や日系人などをはじめ多くの移民が定住しているのも現実である。移民現象は複雑で、国家は移民を完全にコントロールできるわけではない。それゆえ移民政策研究では、政策意図と結果の乖離が指摘されてきたが、日本でも同様の現実があるのだ。同時に、その乖離は、学術的に興味深い現象であるだけでなく、現実的な効果ももっている。つまり「定住化の阻止」を方針とし、「日本に移民はいない」とすることによって、移民たちを統合する政策が著しく欠如してきた。本書の各章では、統合政策の欠如が日本に暮らす移民たちの生活にどのような帰結をもたらしていきたのかを扱っている。また移民受け入れ国で必要とされる法制度・政策とはどのようなものなのか、各国の事例を参照しながら検討している。
本書は、2018年法改正の意味をその時点で問うという観点から、緊急的に編まれたものである。そのため、その法改正が実際にどのように機能し、いかなる帰結をもたらするのかまでは触れられていない。また実際にも、2019年から新たな制度が開始されたものの、新型コロナの流行があり当初の想定のようには、受け入れは進んでいない。一方で、2018年の法改正は短期的な検討で済むものでもない。本書で取り上げた論点以外にも、「なぜ保守政権で移民労働者の受け入れが拡大されたのか」、「なぜ、アカデミズムにおいては中立的な言葉として用いられる「移民」が、政治の場では忌避されるのか」、「改正法は、移民の編入過程にいかなる影響を及ぼすのか」など、多くの問いが思い浮かぶ。今後、こうした研究に興味があるという人にも、また、まずは日本に暮らす移民と政策の現状を知りたいという人にも、手に取って欲しい書である。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 髙谷 幸 / 2021)
本の目次
第1章 労働―人材への投資なき政策の愚 樋口直人
第2章 ジェンダー―格差是正のための政策にむけて 稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人
第3章 出入国在留管理―非正規移民への対応を問う 髙谷 幸
第4章 社会保障―「外国人性悪説」を超えて 奥貫妃文
第5章 教育―子どもの自己実現のために言語と文化の保障を 榎井 縁
第6章 多文化共生―政策理念たりうるのか 樋口直人
第7章 移民排斥―世論はいかに正当化しているか 五十嵐彰・永吉希久子
第8章 反差別―独立した人権機関の設置が急務だ 森千香子
第9章 国籍・シティズンシップ―出生地主義の導入は可能か 佐藤成基
第10章 技能―日本的理解を刷新するとき 小井土彰宏
終 章―生活世界の論理による政策を実現するために 稲葉奈々子
関連情報
ほんのしょうかい:2019年「特定秘密保護法を考える会」の課題 (『思想の科学研究会』年報 第二号 最初の一滴 2021年2月16日)
http://k.shisounokagaku.co.jp/annual/%E3%80%8E%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E5%B9%B4%E5%A0%B1%E3%80%8F%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E5%8F%B7%E3%80%90%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%BB%B4%E3%80%91.pdf
渡戸一郎 (明星大学名誉教授) 評 (『社会学評論』70巻3号 2019年12月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/70/3/70_312/_article/-char/ja
早尾貴紀 (東京経済大学准教授) 評 (『週刊読書人』3307号 2019年9月20日)
https://dokushojin.stores.jp/items/5ee3266bd26fa54c814da73b
上林千恵子 評「今後の移民政策を考えていく上で何を考えなければならないか、という指針を示す――他国の移民政策を参考にしつつも、日本独自の制度形成が志向されなければならない (『図書新聞』第3412号 2019年8月17日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3412
長谷川翼 評 ワンポイント・ブックレビュー (『労働調査』 2019年7月)
https://www.rochokyo.gr.jp/articles/br1907.pdf
きんようぶんか:田沢竜次 評 (『週刊金曜日』第1237号 2019年6月21日)
https://www.kinyobi.co.jp/tokushu/002831.php
イベント:
【読書の学校】温又柔×高谷幸 「移民」はいまこの国で、どんなふうに生きている? (梅田蔦屋書店 2019年6月14日)
https://store.tsite.jp/umeda/event/humanities/6889-1054230519.html