東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白と深緑の表紙

書籍名

移民と日本社会 データで読み解く実態と将来像

著者名

永吉 希久子

判型など

304ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2020年2月19日

ISBN コード

978-4-12-102580-7

出版社

中央公論新社

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移民と日本社会

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本書は「移民の受け入れは社会にどのような影響を与えるのか」について、国内外で行われてきた実証研究の成果にもとづいて検討する本です。移民の受け入れがもたらす影響については、印象論や価値観にもとづく議論が行われる傾向にあります。これに対し、本書はデータに基づく知見を示すことで、冷静で建設的な議論を行うための土台を作ることを目的としています。
 
本書では、移民受け入れの影響を経済的影響、社会的影響、統合政策による介入の影響、長期的影響など、多面的にとらえ、国内外の研究の中でどのような影響が明らかになっているのかを紹介しました。たとえば日本での世論調査の結果を見ると、移民受け入れに関して人々が抱く主要な懸念として、犯罪の増加や治安の悪化があります。しかし、アメリカやヨーロッパで実施された研究の結果を見ると、こうした懸念は必ずしも妥当しません。これらの研究によれば、移民の増加は必ずしも犯罪の増加を招かず、逆に低下を生じさせる場合もあることが示されています。これは、移民の集住地における強いネットワークや、移民の増加による経済的な活性化の効果として解釈されています。日本では移民の受け入れと犯罪の増加に関する研究は十分ではありませんが、少なくとも「移民が増加すれば犯罪が増える」という関係は自明ではないことが、これまでの研究結果からわかります。
 
先行研究のレビューを通じて見えてくるのは、移民の受け入れが社会に与える影響は、受け入れの在り方によって変わるということです。ここで「受け入れの在り方」とは、国レベルでの移民制度や移民統合制度の在り方にとどまらず、自治体での支援体制、企業での雇用のされ方や、地域社会の関わり方など、様々な種類のアクターの行為を指します。つまり、移民の受け入れがもたらす影響とは、「移民がもたらす影響」ではなく、「移民と受け入れ社会の相互作用の中から生じる影響」として見るべきものだといえます。
 
このような視点に立てば、「移民問題」として語られてきた問題も捉え方も変わります。たとえばリーマン・ショック時には日系南米人の失業とそれによる経済的苦境が問題となりました。このような問題が生じる背景には、二重労働市場の中で、日系南米人が非正規雇用を担う構造に加え、雇用の外で生活を保障する仕組みが脆弱であることがあります。したがって、「移民問題」を考えることは、移民に限定されない、雇用や教育、社会保障制度、そして地域の在り方も含めた、社会の在り方について考えることにもなります。これまで日本の移民受け入れは、十分な国民的議論を経ないままに、主にはその時々の労働力の必要性に応じて、場当たり的に行われてきたように思います。本書は移民の受け入れについては、社会を構成するすべての人が当事者として考えるべき問題であり、データにもとづく国民的議論が求められていることを示しています。

 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 准教授 永吉 希久子 / 2021)

本の目次

序  章 移住という現象を見る
第一章 日本における移民
第二章 移民の受け入れの経済的影響
第三章 移民受け入れの社会的影響
第四章 あるべき統合像の模索
第五章 移民受け入れの長期的影響
終  章 移民問題から社会問題へ

関連情報

受賞:
第37回 大平正芳記念賞特別賞  (2021年1月12日)
http://ohira.org/37-ohira-award/
http://ohira.org/37-titlewinner/6/
 
特集記事:
データであぶり出す移民と日本社会の関係 一般の人の心に潜む差別や偏見を統計分析で明らかに (東京大学ホームページ 2021年6月16日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z0508_00023.html

関連記事:
移民問題から読み解く日本社会 気鋭の社会学者に聞く影響の複雑さ (毎日新聞 2021年6月17日)
https://mainichi.jp/articles/20210616/k00/00m/040/154000c
 
書評:
湊直信 (国際通貨研究所) 評 (『SRIDジャーナル』第20号 2021年1月)
https://www.sridonline.org/j/j202101idx.html
https://www.sridonline.org/j/doc/j202101s07a02.pdf
 
石井正子 (立教大学教授) 評「移民「出稼ぎ」のみならず - 不確実な時代の幸せ探し」 (『日本経済新聞』 2020年11月14日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO66189360T11C20A1MY6000/
 
前田健太郎 評「移民が暮らしにくい国を変えるために」 (『UP』 2020年9月号)
http://www.utp.or.jp/book/b528857.html
 
豊田栄光 評 (『しんぶん赤旗』2020年7月号)
https://www.jcp.or.jp/akahata/
 
荻上チキ 評「話題の本」 (『週刊エコノミスト』 2020年4月28日号)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200428/se1/00m/020/047000c
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20200414/se1/00m/020/016000c
 
丹野清人 (東京都立大学教授) 評「受容の影響を多面的に議論」 (『日本経済新聞』 2020年4月18日)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO58179530X10C20A4MY7000/

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