本書は「政治的疎外」をキーワードとして、日本を含む先進民主主義国に共通する課題を読み解くものである。2017年以降も、世界各国では反既成政治の潮流がますます勢いを増している。そこには共通項としての政治的疎外が存在する。グローバル化や技術革新は、生活を便利にする一方で、中間層の在り方にも大きなインパクトをもたらし、かつては豊かさを享受してきたはずの人々の不安や不満、そして有効策を講じえない既存政治への不信を生む。
こうした疎外感を合理的に解決できないと、政治に背を向けてしまったり、自らの不満を既得権益層や移民のせいにしたり、政治局面を一変させてくれそうな新しい指導者の登場を待望したりと、ポピュリズムの芽が出てくる。
第1章では、EU離脱を決めた2016年の国民投票以降のイギリスの政治過程と選挙結果を概観する。2017年総選挙で第三党以下が抑え込まれたのは、単純小選挙区制と反エリート・反体制的レトリックを駆使する労働党・コービン党首の選挙戦略の所産とも言え、今後にわたって脱既成政党やカリスマ的リーダーに対する投影を防ぎうる保証はない。
第2章では、2016年アメリカ大統領選挙でトランプが大統領に就任できた要因を探る。共和党支持者間に広がっていた政治的疎外とその投影でもある「人種的な憤懣」が、本選挙における共和党員の離反を防ぎ、さらには接戦州における勝利へと結び付いた。
第3章は、オランダの政治状況を解説する。オランダでは、人びとの政治的疎外は国内の政治エリートのみならず、EUエリートに対しても投影された。こうした疎外感の受け皿となったのが、反イスラム・反EUを掲げるポピュリズム政党・自由党である。
第4章では、社会党・共和党という二大政党が惨敗を喫した、2017年のフランス大統領選挙・国民議会選挙を振り返る。失業や移民、テロ、反EUなどの要因に加えて、疎外を増幅させやすい政治制度や、他者を作為し、それとの対決として自己のアイデンティティを確認する思想的潮流があった。
第5章は、ドイツ政治を取り上げる。2017年総選挙では、極右ポピュリスト政党であるドイツのための選択肢が連邦議会で第三党に躍進した。長期的・構造的背景の一つとして、有権者の不平不満を投影・代弁してくれる政治家を求める傾向が高まっていることが挙げられる。
終章では、政治的疎外の帰結であるポピュリズムへの対応法を検討する。
日本では、政治的疎外を既存の政党システム内で処理できる点で、今のところは欧米と比べて余裕がある。しかし、グローバル化や技術革新を否定的にとらえる人ほど政治的疎外感を高める傾向にある点は、日本も欧米と同じである。しかも、日本は政府債務残高や少子高齢化など課題先進国にありながら、与野党共に長期的な国家戦略を描き切れていない点を鑑みれば、彼我の違いは発火点の有無に過ぎない。政治的疎外がもたらすポピュリズムは、決して対岸の火事ではない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 谷口 将紀 / 2019)
本の目次
第1章 イギリス―二大政党制に包含されるポピュリズム? (小舘尚文)
第2章 アメリカ―「弱い」党派性が生んだポピュリスト政権 (飯田連太郎)
第3章 オランダ―変容する「最先進国」のデモクラシー (水島治郎)
第4章 フランス―既成の政党システムの終焉と新たな世代による政治 (野中尚人)
第5章 ドイツ―戦後の政治体制を揺さぶるポピュリズムの脅威 (小舘尚文)
第6章 ポピュリズムの拡大にどう対応するか (水島治郎)
関連情報
大賀哲 評:「各国を比較 拡大抑止の道探る」 (『西日本新聞』2018年11月10日付)
柳川範之 評:「ポピュリズムはなぜ生まれた」 (『日経ビジネス』 2018年11月5日号)
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/15/culture/102600333/