人の集まり方をデザインする
一つ建築が完成するたびに、その設計を通じて考えてきたことを雑誌に発表したり、文章にまとたりする機会があったが、この「人の集まり方をデザインする」は、それらを一冊の本にまとめ直したものである。改めて振り返ってみると、そこに通底しているテーマは大きく二つあったと思う。一つは自然とどう向き合うかについて。そしてもう一つは、人の集まり方に対して建築に何ができるか、である。
建築を作ることは、どこかで反自然的な行為である。敷地に生えている木を伐採し、土を動かし、人工的に構築物を作るからである。だから様々な環境技術を駆使して環境に負荷をかけない建築を作ることは、今や前提条件と言ってもいいくらい重要なテーマである。しかしそれだけでは十分でないと、僕自身は考えてきた。建築をつくることで自然の多様な様相を炙り出すこと、建築を介して自然を解像度高く感じ取ることができることこそが環境への最大の貢献であると考えてきたからである。なぜなら環境問題は、最終的には人間一人ひとりが自然に対する感受性を育み、身の回りの環境を観念としてではなく、自らの身体の延長上に捉える以外に解決しようのない問題だからである。建築の良し悪しは、自己表現や新規性の強度ではなく、建築が置かれた環境を新たな目で再発見するための最適な「物差し」になり得ているか否かにかかっている、ということなのである。
もう一つの人の集まり方への興味は、グローバリゼーションが進み、多様なコミュニティが場所や時間を超えて多層的に存在するようになった現代だからこそ浮上したテーマだとも言える。個人主義が浸透し、地縁的なコミュニティが人々の居場所として見えにくくなった今、仕事や趣味を通じたコミュニティ、あるいは頻発する災害時に形成される一時的なコミュニティなど、日常化した多様な人の集まり方に相応しい場を見出すことが、今の時代に必須のことだと考えているからである。僕はその鍵が、社会的地位や階層を超えた生身の人間が相互に築く距離のデザインにあると考えている。一緒にいること、別々にいること、程よい距離で過ごすことなど、生身の人間が本能的に感知し得る距離をその場所やコミュニティに応じて丁寧に作り上げていくことで、改めて人間相互のつながりがごく自然に育まれていくことになると思うからである。そして建築は、やはりそこで大きな役割を果たすことになる。建築が介在するからこそ、一緒にいることの喜びを分かち合えたり、一人でいることの価値も享受できるからなのである。
現代は、モノの時代ではなく、コトの時代だと言われる。確かに建築というモノがなくても、コトを起こすことは様々な手段を通じて達成できるかもしれない。しかし多くの人は、友達とおしゃべりする時、家族と向き合う時、あるいは恋人と掛けがえのない時間を過ごす時、空間や場所を本能的に嗅ぎ分けて、居場所を選択しているに違いない。空間や、場をつくるという建築にしかできないことは、まだまだたくさんあるのである。
コトの時代だからこそ、改めてモノにしかできないことを考えてみる、その試行錯誤の軌跡が少しでも伝わればと思う。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 千葉 学 / 2020)
本の目次
人の集まり方をデザインする
時間と空間を紡ぐこと
大多喜の重層する時間と空間
site specific からsite determinedへ
空間の地形
そこにしかない形式
II
建築で何を学ぶのか
都市と均質空間
スポーツのルールと都市計画
不自由な柱
地図と自転車
モノで考える
住宅と都市 幸福な共犯関係に向けて
居住環境のための建築の形式はどう計画されるべきか
小さな家
III
集合住宅にできること
厚みのある窓
新しい住宅に向けて
タテに住む
建築家に何が可能か
関連情報
私の建築手法 千葉 学「人の集まり方をデザインする」 (2016東西アスファルト事業協同組合講演会)
https://www.tozai-as.or.jp/mytech/16/16-chiba00.html
「人の集まりをデザインする」―建築家千葉学、総合教育棟を語る― (学校法人 工学院大学 創立125周年記念サイト 2012年5月17日)
https://www.kogakuin.ac.jp/assorted/125/Pp=2841.html
書評:
佐野 由佳「人の集まり方をデザインする」 (日経クロステック 2015年10月23日)
https://xtech.nikkei.com/kn/atcl/bldnad/15/151025/101600005/