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藍色の表紙

書籍名

人口問題の正義論

著者名

松元 雅和、 井上 彰 (編著)

判型など

264ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年1月30日

ISBN コード

9784790717256

出版社

世界思想社

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人口問題の正義論

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人口問題は、古くて新しい問題である。古くはマルサスの時代から、等比級数的な人口増加を懸念しての人口抑制にかんする議論がある。20世紀後半以降、地球規模の人口変動や移動を伴う地球環境問題や移民・難民問題が、喫緊に解決しなければならない問題として取り上げられてきた。

本書『人口問題の正義論』は、こうした問題に対し、規範理論の側から応じようという気運が高まっていることを背景に編まれたものである。その端緒となるのは、デレク・パーフィットの『理由と人格』(1984) である。パーフィットは、構成員もその数も異なる人口集団を伴う事態を比較評価するにあたって、功利主義や契約論といった既存の規範理論ではわれわれの直観に適う原理的診断を下すことができないとし、「理論X」の探究こそが規範理論上の根本課題であると唱えた。

その課題に取り組むのが、第I部の二論考である。第1章の鈴木真論文は、功利主義のいくつかのヴァージョンを福利水準ゼロの地点を基軸にして使い分ける「正負場合分け功利主義」を提案する。第2章の井上彰論文は、近年有力視されている分配的正義論上の考え方である充分主義が、理論Xの要件を充たないことを示す論考である。将来世代の正義論に切り込む第V部の二論考 (第9章の宇佐美誠論文、第10章の森村進論文) と併せて読むと、人口正義論の最先端の議論を知ることができる。

もちろん、本書は古くからの問題である最適人口規模や人口抑制にかんする問題に向き合う論考も収録されている。第3章の釜賀浩平論文は、最適人口規模を適正に示しうる功利主義的評価方法を探る論考である。第4章の松元雅和論文は、人口抑制策が直面する基本的人権の問題に応答しうる理論を探る論考である。両者とも、世代間にも適用しうる最適人口規模の経路および自由に抵触しない人口抑制策を探る点で、積極的な提言を伴う理論の構築を目指したものとなっている。

こうした最適人口規模や人口抑制といったマクロな問題は、子どもをもつ権利といった生殖の正義の問題にもつながっている。第5章の野崎亜紀子論文は、日本における生殖にかんする社会政策を題材に、子どもをつくることが有する公私にまつわる複合的側面に迫る論考である。第6章の鶴田尚美論文は、近年注目されている「反出生主義」が重んじる苦痛に焦点を当てると、個別の痛みや苦しみがより豊かな人生につながりうることを指摘する論考である。いずれの論考も、ミクロな問題が哲学的な根本問題とつながっていることを知るうえで有益である。

本書のもう一つの柱とも言うべき、人口の水平的な移動に起因する移民・難民問題を扱った第IV部も必読のパートである。第7章の福原正人論文は移動の自由と国家主権の緊張関係に、第8章の岸見太一論文は外国人家事労働者問題という先進国が抱える実践的問題に、それぞれ切り込む論考である。いずれの論考も、同様の問題に直面している日本の移民・難民問題を根本的に考えるうえで極めて有益な論考である。

いずれの論考も力のこもった論考である。人口問題という古くて新しい問題に規範的観点から真摯に向き合うためにも、多くの人に本書を手に取ってもらいたい。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 井上 彰 / 2019)

本の目次

序 章 人口問題の正義論――研究動向の道案内  松元 雅和

第I部 人口問題の哲学的基礎
  第1章 いとわしさと嗜虐のあいだ――「正負場合分け功利主義」の挑戦  鈴木 真
  第2章 充分主義の検討――人口倫理学の観点から  井上 彰

第II部 人口規模の問題
  第3章 人口問題と功利主義――最適人口規模と世代間評価への拡張  釜賀 浩平
  第4章 人口抑制の道徳的是非  松元 雅和

第III部 生殖と家族計画の問題
  
第5章 子どもをもつ権利――生殖とリベラルな社会の接続を考えるために  野崎 亜紀子
  第6章 生殖の正義と人口問題  鶴田 尚美

第IV部 人口移動の問題
  第7章 人の移動と国境管理――参入、離脱、受容可能性  福原 正人
  第8章 人口減少時代への対応としての外国人家事労働者の受け入れ
  ――相互行為と構造という二つの観点からの規範的考察  岸見 太一

第V部 世代間正義の問題
  第9章 人口問題における世代間公正  宇佐美 誠
  第10章 互恵性は世代間正義の問題を解決するか?  森村 進

あとがき  井上 彰
引用・参考文献
索引

関連情報

書評:
人口問題を基礎から考える (exciteニュース 2019年9月6日) https://www.excite.co.jp/news/article/Jcast_trend_366916/

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