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白い表紙に黒の題字

書籍名

大日本近世史料 市中取締類集 三十

判型など

472ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年4月19日

ISBN コード

978-4-13-093030-7

出版社

東京大学出版会

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大日本近世史料 市中取締類集 三十

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本書は、旧幕府引継書に含まれる江戸の町奉行所関係書類である「市中取締類集」を編纂したものである。旧幕府引継書は、江戸幕府の諸役所で作成・保管されてきた書類のうち東京府に引き継がれたものの総称で、現在は国立国会図書館に所蔵されている。

天保の改革にあたって町奉行所では市中取締掛与力が設けられ、江戸市中の取締に関する触書をはじめ、老中、他役所、町年寄、名主などの間でやりとりされた書類を整理、分類して「市中取締類集」「同 追加」 (原本90冊、帝国図書館で335冊に分冊) と「市中取締続類集」(原本53冊、215冊に分冊) を編纂した。史料編纂所では原本表紙に付された棚番号に基づき、「市中取締類集」の各分類のうちに「同 追加」を加えたものを『市中取締類集』として刊行している。その内容は政治・経済・社会など多岐にわたる。

本冊に収めたもののうち、床見世等之部は床見世 (とこみせ) の取締をめぐる件である。床見世には常設の板小屋から移動可能な屋台までさまざまな形態があり、表通りに面した店の庇下や橋の脇の空地、火除地などに設けられた。そこでは小間物や食物などを扱い、盛況であったが、なかには高価な物を扱う者がいるとして問題になっていた。

天保の改革の過程で江戸市中の床見世を残らず取り調べて報告するよう老中水野忠邦から指示があり、北町奉行遠山景元は設置許可の有無や上納金の額などを記した書上げを名主に提出させた。ただ、許可の有無だけで存続の可否を判断するのは難しく、床見世を取り払えばそこで商売するその日暮らしの者が生活できないことを懸念し、掛の与力・同心を任命して実態調査させることを伺い出て、認められた。しかし、調査が終わらないうちに遠山が大目付に転任すると、その後任阿部正蔵と南町奉行鳥居忠耀は、調査結果に基づき床見世を全て撤去すべきと主張している。

問題は決着しないまま町奉行の交代が続いていたなか、南町奉行として戻ってきた遠山は、床見世を全面的に取り払えば裏店に住むような者は生活できなくなるとしてまずは従来通りとしたうえで、今後出火など問題が起きた場合は、許可を得たことがはっきりしない分については取り払うことを阿部の後任鍋島直孝との連名で上申し、老中阿部正弘によって認められた。

この件では、当時の江戸における床見世の状況が詳細に知られるほか、許可の有無を盾に床見世の撤去を主張する老中水野や南町奉行鳥居と、床見世の実情や庶民の生活の維持を重視した遠山の対立から、下情に通じた名奉行として知られる遠山の金さんのイメージに重なる姿を読み取ることができる。

『市中取締類集』は、江戸市中の状況や政策決定に至る過程を具体的に伝えるこうした書類が50を超える部類にまとめられており、幕政史や都市社会史などをみていくうえで不可欠の史料群となっている。近世史研究を行う基礎となる史料を翻刻・校訂する「大日本近世史料」シリーズの一つとして刊行される所以である。

 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 杉森 玲子 / 2019)

本の目次

御馬飼幷御飼料・馬売買・医師供方取締之部 第一~四件 (第一~六六号)
床見世等之部               第一~一四件 (第一~七九号)
絵図                   第一~一四図

関連情報

刊行物紹介:
史料編纂 出版報告 (『東京大学史料編纂所報』第54号 2018年)
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/54/pub_kinsei-shichu-30.html

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