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赤と白の表紙

書籍名

角川選書 「江戸大地震之図」を読む

著者名

杉森 玲子

判型など

272ページ、四六判変形

言語

日本語

発行年月日

2020年1月27日

ISBN コード

9784047036482

出版社

KADOKAWA

出版社URL

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「江戸大地震之図」を読む

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安政2年10月2日(1855年11月11日)、幕府がおかれ100万人以上が暮らしていた江戸を大地震が襲い、甚大な被害をもたらした。この安政江戸地震を題材とする「江戸大地震之図」は薩摩藩主島津家に伝来した絵巻で、東京大学史料編纂所が所蔵する国宝・島津家文書のうちに含まれている。ほぼ同じ絵巻がアイルランドのチェスター・ビーティー図書館にもあり、摂関家筆頭の近衛家に旧蔵されていたという。
 
双子ともいうべき二本の絵巻には詞書や落款がなく、制作の年代や経緯、作者についての手がかりは得られないため、従来は主に絵画表現から各部分の分析や評価が行われてきた。しかし、絵巻の内容と関連する文献史料はほとんど検討されていない。地震や火事の惨状を描いた部分が見る者に強い印象を与える両本は、地震を主題とする絵画作品として注目されることはあっても、絵画史料としては検討されてこなかった。
 
本書は、「江戸大地震之図」を軸として関連する文献史料を読み、近衛家旧蔵本の伝来の経緯を見直すことによって、両本の関係からもその史料的性格を検討したものである。その結果、これらの絵巻は地震による被害と復興の様子を一般的に描いたものではなく、歴史的事実をふまえて特定の場所や出来事を描いていることが明らかになった。
 
例えば巻末近くには、雪の降る中を大勢の人々が並んで歩く姿がみえる。町名主の日記などと突き合わせると、それは江戸で記録的な積雪となった安政2年12月20日、幕府が窮民の救済のために配る白米を受け取りに行く人々の様子を描いたものであることがわかる。事実に基づく描写は絵巻の史料的価値の高さを示し、絵巻の制作時期についての手がかりも与えているのである。
 
また、多くの紙幅を割いて描かれた大名屋敷は薩摩藩の芝屋敷で、その庭に避難している人々は藩主島津斉彬と奥方、篤姫と判断される。島津家文書を構成する他の史料などを参照すると、安政江戸地震で一段と遅れていた篤姫と将軍徳川家定の縁組が絵巻のもう一つの主題であることが浮き彫りになっていく。島津家と近衛家にほぼ同じ絵巻が伝来した理由もそこに求められる。
 
このように、画像を解析するだけでなく、文献史料をあわせて検討することにより、「江戸大地震之図」からさまざまな歴史情報を読み取ることができる。双子の絵巻は地震を主題としているだけでなく、幕末の都市社会や政治状況をも伝える絵画史料として理解されるのである。
 
「江戸大地震之図」を絵画史料として読み解く試みは、「齋藤月岑日記」(東京大学史料編纂所所蔵)の編纂で得た知見が端緒となり、「江戸大地震之図」を島津家文書という史料群の一書ととらえることで可能となった。さらに、東京大学地震研究所との連携研究に関わる立場から、安政江戸地震の関連史料を検討するなかで進めた研究である。本書を通じて、東京大学が所蔵する史料の豊かな内容と編纂・研究の一端にふれていただければ幸いである。

 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 杉森 玲子 / 2020)

本の目次

はじめに 絵画史料として読む「江戸大地震之図」
第1章  にぎわう町並み
第2章  冠木門を構える屋敷
第3章  雪の中の行列
第4章  島津家と近衛家
第5章  大名屋敷と江戸城
第6章  絵巻の制作と伝来の経緯
第7章  混乱する江戸
第8章  復興への歩み
おわりに 絵巻が語る幕末の政治と社会

 

関連情報

書評:
加納靖之(東京大学地震研究所 准教授/地震火山史料連携研究機構)評 (『日本地震学会ニュースレター』第73巻第NL4号 2020年11月)
https://www.zisin.jp/publications/pdf/newsletter/73NL4.pdf

本郷恵子さんの「今月の必読書」 (『文藝春秋』 2020年5月号)
https://bungeishunju.com/n/ndced08e7c9d6
 
小川敦生 (多摩美術大教授) 評「絵巻で伝えたかったこと」 (『福井新聞』D刊 2020年4月5日)
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1062270
 
沖縄タイムス2020年4月5日
 
木内昇 (作家) 評 (『読売新聞』 2020年4月5日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20200404-OYT8T50125/
 
「幕末の大地震、2日後に何が起きていたか?」 (デイリーBookウォッチ 2020年3月4日)
https://books.j-cast.com/2020/03/04011027.html
 
幕末の震災描いた絵巻解読 (『日本経済新聞』 2020年2月29日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO56191650Y0A220C2MY7000/
 
黒田日出男 (東京大学名誉教授) 評 「安政江戸地震を描いた絵巻が見事に読み解かれた『「江戸大地震之図」を読む』」 (KADOKAWA文芸WEBマガジン 2020年1月28日)
https://kadobun.jp/reviews/edhq8hqq1dcs.html

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