本書の編者である一般財団法人「住総研」は、日本の住宅研究に関わる研究者にとっては馴染み深い住宅研究の支援をもっぱらに行う組織として有名である。この組織が設立されたのは戦後間もない1948年のことであり、以来一貫して住宅に関わる学術研究の支援を続けてきた。本書は、この財団法人創立70周年記念事業として企画された、「住宅研究のフロンティアはどこにあるのか」というシンポジウム (2018年) の記録をベースに編まれたものである。
本書の、第I章から第VII章まではシンポジウムで発表を行った研究者の報告が順に掲載され、第VIII章はシンポにおける討論会の司会進行であった祐成保志の寄稿をまとめたもので、最後の第IX章では討論会の様子が記録されている。
本書の著者全8名の半数、4名が東大で教鞭をとっている教員であることは全くの偶然なのであるが、この4名の学内での所属は、野城智也が生産技術研究所、大月敏雄が工学系研究科、岡部明子が新領域創成科学研究科、祐成保志が人文社会科学研究科となっており、一人として同じ部局に所属していない。このことは、住宅研究という研究分野がいかに裾野の広いものであるかを、期せずして雄弁に物語っていると言えよう。
さて、 このシンポジウムの究極の目的は「10年後の未来に向けて住宅研究は何を目指すべきか」を多角的に議論するということであった。現在、日本の住宅をめぐる状況は本書のカバーページにデザインとして埋め込まれているキーワード群によって象徴されている。それらをここに示せば、世界金金融危機、東日本大震災、ブレグジット、少子高齢化、ミレニアル世代、移民問題、AI化、世界貿易戦争、異常気象、SNSの普及、SDGs、空き家問題、シェアハウス、リノベーション、ZEH (ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)、スマート化というようなラインナップである。シンポジウムから数年過ぎた現在、ここにコロナ禍や多拠点居住といったキーワードも入れたくなるのだが、このように住宅のあり方に大きく影響を与える社会課題は10年単位くらいで大きく展開していくものだということも、同時に示していると思われる。
世界規模で揺れ動く社会課題に応じて住宅のあり方が抱える課題も変わっていき、住宅の作り方、住まい方も変わっていく。そして、即時にその変化に対応し続けなければならない住宅研究者が、今どんな球をどのように打ち返そうとしているのかを理解するのにたいへん役立つ書だと思っている。
なお、一般財団法人「住総研」は、その創立60周年記念事業としても出版事業を行っている。『現代住宅研究の変遷と展望』(丸善、2009年) という書籍であるが、これは、戦後の住宅研究のアカデミックな変容過程を研究論文ベースにつぶさに論じた書物であり、もし、この『未来の住まい』の内容に興味をもったら、次に『現代住宅研究の変遷と展望』に挑戦されることをお薦めしたい。(文中敬称略)
(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 大月 敏雄 / 2021)
本の目次
第I章 「定常型社会」への移行に向けた地域居住空間の再編(大月敏雄)
第II章 20世紀後半の居住システムの崩壊と「後退戦」への臨み方(園田眞理子)
第III章 地球環境時代の住宅と建築の歴史研究(後藤 治)
第IV章 健康と住宅・都市(岩前 篤)
第V章 都市への権利(岡部明子)
第VI章 住宅所有と社会変化(平山洋介)
第VII章 住宅研究というフロンティア(祐成保志)
第VIII章 住総研創立70年記念シンポジウム 討論
住宅研究のフロンティアはどこにあるのか――10年後の未来に向けて、私たちは何をしたらよいのか
関連情報
住総研70年記念シンポジウム『住宅研究のフロンティアはどこにあるのか』 (一般財団法人住総研 2018年7月14日)
http://www.jusoken.or.jp/symposium/jusokensympo_50.html
書評:
高井宏之 評 (『都市住宅学』108号 2020年1月31日)
https://www.uhs.gr.jp/kikan/uhs/bnuhs_108.html
読書日記 「未来の住まい」ほか (『毎日新聞』 2019年5月14日)
https://mainichi.jp/articles/20190514/dde/012/070/012000c