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白い表紙に大きなタイポグラフィ

書籍名

アメリカ文学との邂逅 カート・ヴォネガット トラウマの詩学

著者名

諏訪部 浩一

判型など

378ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年6月25日

ISBN コード

978-4-384-059410

出版社

三修社

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カート・ヴォネガット

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本書は、アメリカの現代作家カート・ヴォネガット (1922-2007) のキャリア全体を論じた研究書である。
 
ヴォネガットはアメリカ本国においてはもとより、日本においても人気がある小説家で、作品はすべて翻訳され、ガイドブックのたぐいも出版されているが、単独の著者による研究書は本書が本邦初となる。そのような本書の位置づけに鑑み、本書においては、なるべくオーソドックスな議論により、ヴォネガットの全体像を示すように心がけた。また、この作家に興味を持ち、より深く考えてみたいと思う読者のために、年譜、キーワード集、解題つき文献リストを付している。
 
構成としては、序章において作家の短い評伝を提示し、第1章では1950年代、第2章では60年代、第3章では70年代、第4章では80年代、そして第5章では90年代に発表された長編小説 (計14冊) を出版順に論じている。各小説に関する論はそれぞれ独立したものとして読めるようになっているが、ヴォネガットが長いキャリアを通してどのような変化を見せていったかという点は、本書の関心事の1つである。
 
大まかな見取り図を示しておくと、50年代にSFというフォーマットを利用して小説家となったヴォネガットは、60年代には次々と優れた作品を生み出し、ついに戦争体験を小説化した代表作『スローターハウス5』を完成させる。70年代はその成功の反動ともいえるような不安定なメタフィクションを書くなどして迷走を見せるが、80年代にはリアリズム的な作品に舵を切ることで成熟を果たし、90年代には作家としてのキャリアを見事に閉じることになる。
 
こうした変遷を理解する上で、それをヴォネガットの「トラウマとの戦い」として考えることが有効なのではないかというのが、本書の作業仮説である。ヴォネガットの小説、特に後期作品においては、罪意識を持つ人物が過剰なまでに導入されるが、ここには彼の特異な戦争体験――ドレスデン無差別爆撃の生存者としての――が影響しているように思われるからだ。
 
ヴォネガットが恐ろしい戦争体験とどう向かい合ってきたかは、彼を有名作家にした前期作品に即してしばしば論じられてきた。だが、彼は戦争を生き延びてしまった者が抱かざるを得ないサバイバーズ・ギルトにも苦しめられていたのであり、その苦しみとどのように向かい合ってきたかを示す後期作品も考察することによってはじめて、ヴォネガットという複雑な作家の全体像を把握することが可能になるはずなのである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 諏訪部 浩一 / 2020)

本の目次

序  章

第1章 出発——『プレイヤー・ピアノ』と『タイタンの妖女』
ヴォネガットとSF
『プレイヤー・ピアノ』——「移行期」のディストピア小説
『タイタンの妖女』——SFエンターテインメント?

第2章 飛躍——『母なる夜』から『スローターハウス5』まで
トラウマに向かって
『母なる夜』——語り得ない罪、罪深い「ロマンス」
『猫のゆりかご』——彼はいかにしてボコノン教徒になったか
『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』——亀裂の入った風刺文学
『スローターハウス5』——「わたしはそこにいた」

第3章 迷走——『チャンピオンたちの朝食』から『ジェイルバード』まで
成功のあとで
『チャンピオンたちの朝食』——「切実」なメタフィクション
『スラップスティック』——薬漬けのユートピア
『ジェイルバード』——凡庸な社会主義シンパサイザーの肖像

第4章 成熟——『デッドアイ・ディック』から『青ひげ』まで
キャリアの総括
『デッドアイ・ディック』——傍観者の罪意識
『ガラパゴスの箱舟』——「人間」から遠く離れて
『青ひげ』——トラウマと芸術

第5章 終着——『ホーカス・ポーカス』と『タイムクエイク』
トラウマの先へ
『ホーカス・ポーカス』——ベトナム帰還兵の教え
『タイムクエイク』——作家人生の肯定

あとがき
年譜
キーワード集
文献リスト
索引

関連情報

著者インタビュー:
諏訪部浩一氏インタビュー「一人の作家が持っている一冊の「物語」――今まで読んでいた作家がアメリカにおいてどういう位置にいるのか」 (『図書新聞』第3424号 2019年11月23日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3424
 
関連記事:
特集: カート・ヴォネガット「トラウマの詩学――カート・ヴォネガット再読 諏訪部浩一」 (『英語青年』8月号 2007年8月)
http://www.kenkyusha.co.jp/uploads/03_webeigo/sei-bk2007.html#0708

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