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書籍名

水産改革と魚食の未来

判型など

208ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2020年7月10日

ISBN コード

9784769916482

出版社

恒星社厚生閣

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水産改革と魚食の未来

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本書は、70年ぶりに実施された2018年の漁業法改正を題材としつつ、「改革」一般について論じている。従来、沿岸域での漁業管理は、地域の漁業協同組合が漁場の長期使用権 (つまり都道府県知事が免許する漁業権) を受ける見返りとして、担当する漁場の管理やモニタリングを地域の共同作業の一環として行っていた。しかし今回は中央政府が漁業管理やモニタリングを実施する権限を強め、漁業者に個人ごとの漁獲割当を配分する道を開いた。また、水産養殖についても、従来は都道府県知事から漁業協同組合に免許が付与され、その見返りとして漁業協同組合が漁場管理の一貫として養殖場を管理していた。しかし今回、一定の条件下で都道府県が民間企業に水産養殖の免許を与えることが可能となった。
 
当然ながら賛否両論が存在した。一般論としても、現実の社会で改革を実行しようとすると様々な壁に突き当たるのが普通である。改革に伴うコストや痛みは即座に発生する一方で、改革の成果は何年も後にならないと見えてこない。そもそも、本当に成果が出るかもよく分からない。つまり受益者と負担者は、時間的なスケールで隔てられている構図になりがちだ。また改革で便益を得る人達は、改革に伴ってコストを払った人達とは別の集団かもしれない。社会的な公平性などが問題となりかねない。
 
また、改革を成功させようとすれば、明確なビジョンが重要となる。改革は手段であって目的ではないからだ。あくまでも目的は社会構成員の幸福であり、社会全体の安定や発展のはずだ。しかし今回の水産改革の場合、明確な社会像は漁業者等に伝わらなかった。そして漁業者などの間では、「欧米で成功している手法を日本に導入しようとしているが、海洋環境や漁獲物構成も違う日本でその通り行くのか疑問」といった意見や、「外資系の企業に日本の漁場を売る目的が背後に存在するのではないか」など、手法に対する疑念が多数表明された。あたかも手段が目的化しているような議論 (目標とする社会像を語らずに改革をとにかく進めようとする議論) が横行することで、かえって改革が進まなくなる点にも、本書は警鐘を鳴らしている。
 
著者自身、漁業法改正が議論された2018年11月に専門家として国会に参考人招聘され改正に賛成する趣旨の説明を行ったが、改革に賛成はすべきではなかったと複数の友人から忠告を受けた。中には絶交を宣言してきた友人もいた。このように改革の機微を肌で感じたことが本書執筆のきっかけになっている。他の業界でも改革が議論されることが多い中、本書は、表面的な議論に留まらず、そもそも改革とは何かについて踏み込んだ解説をしている。

 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 八木 信行 / 2020)

本の目次

第1章:水産政策の改革について (長谷成人)
2018年当時の水産庁長官が経緯を解説
 
第2章:2018年漁業法改正をめぐる多様な意見 (八木信行)
第3者の立場で議論に間近で接してきた著者が説明
 
第3章:国内法の観点から見た漁業法改正の評価 (三浦大介)
改正漁業法をどう評価すべきかについて、漁業法研究の専門家が説明
 
第4章:中間集団の今日的意義 (佐藤 仁)
地域研究の専門家が環境を保全する上での中間集団 (国家と個人の中間的な場所に存在する漁協などの組織)の重要性を解説
 
第5章:日本の伝統的な漁業管理を国際的な視点で評価する (石原広恵)
改正前の日本の漁業管理はどのような特色があるのか、イギリスで学位を取得した環境社会学の専門家が経験を踏まえて説明
 
第6章:欧米型漁業管理の歴史と日本漁業 (山川 卓)
漁業資源学の専門家が、欧米式の国家主導による漁業資源管理についてその仕組みなどを解説
 
第7章:米国の沿岸漁業ではどうしているのか (阪井裕太郎)
アメリカでポスドク経験もある経済学の専門家が、アメリカで漁業資源管理制度を実際にどの様に運用しているのかを解説
 
第8章:ノルウェーにおける沿岸漁業管理 (鈴木崇史)
ノルウェーの沿岸漁業と沖合漁業の管理の違いなどを、現地調査を踏まえつつ専門家が説明
 
第9章:国際的な視点から見た漁業法改正の評価 (牧野光琢)
水産政策研究で国際的に評判が高い専門家が、今回の漁業法改正の国際評価などを解説
第10章:水産政策の改革で日本の魚食文化はどう変わるのか (大石太郎)
環境経済学や消費者行動学の専門家が、今回の改革は食卓にどう影響するのかを解説
 
第11章:水産政策改革をめぐるJFグループの運動と役割 (長屋信博)
2018年当時のJF全漁連専務が、当時の漁業者団体の考えや行動などを説明
 
終章:Q&A水産政策の改革で何が変わるのか (保坂直紀・八木信行)
科学コミュニケーションの専門家が著者に質問を投げかけてQ&A形式で議論を行い、本書の内容全体について概説
 

関連情報

シンポジウム:
第14回東京大学の海研究シンポジウム~水産改革と日本の魚食の未来~ (東京大学農学部 2019年10月31日)
https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/news/065.html

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