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白い表紙

書籍名

日本独文学会研究叢書 135号 情報構造と話し手の状況把握

著者名

森 芳樹 (編)

判型など

81ページ

言語

日本語、ドイツ語

発行年月日

2019年5月27日

ISBN コード

978-4-908452-25-3

出版社

日本独文学会

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日本独文学会の研究叢書として発刊された編著を紹介してくださるということで感謝している。やはり拙著である121号の『意味的構造性に基づく文法構造をめぐって』(2017年) 以来このシリーズはオンライン出版となり、日ごろはあまり人目を引くことのない研究活動であるだけになおさらありがたく思っている。
 
情報構造という概念は、これまで言語研究において長きにわたり重要な地位を占め続けてきた。その萌芽はプラハ学派のマテジウスによるThema-Rhema-Gliederung (テーマ・レーマ分割) にまで遡ることができるが、このテーマ、レーマという区別は話題 (提題)・解題、焦点・背景などという分割に姿を変えて、現代においてもしばしば用いられている。往々にして形に見える、主語・述語という分割の仕方は皆さんにもなじみ深いに違いない。しかしこの文の話題は何々である、この文のここが強調されている、などと言われても、日常言語としてはもちろん理解できても、話題とは何か、何がどう強調されているのかと悩んでしまうのは、誰にも経験のあることだろう。理論言語学は、これらの概念を研ぎ澄まし、どういう場合に使えてどういう場合に使えないかを明確にするとともに、この概念を付与された文の一部分がどのようにして文意味、談話意味と関係づけられるかを規定しようとする。
 
今日の理論言語学においても情報構造は重要なトピックとなっており、関連する研究は枚挙にいとまがない。形式意味論の分野で焦点の選択肢意味論 (alternative semantics) が提案されて以降、焦点現象に関する理解は多大な進歩を遂げたし、チョムスキー生成文法ではRizzi (1997) による地勢図的アプローチ (Cartography of Syntax) 以降、文の左方領域がより細分化され詳細に捉えられようとしている。談話という広い海からどういう情報がどういう経路で、かたい殻に閉ざされた貝のように独立性を保っている文の中に流れ込んでくるのか、ようやくソシュールの言う「言語 (ラング)」が「発話 (パロール)」と交わる地点に理論言語学は到達した。
 
モダリティに関する形式意味論における議論も、Kratzer (1977, 1978, 1981, 2012) 以降理論の簡素化とともに多大な進歩を遂げた。ただ、さまざまな読みが同定され解釈されることはあっても、その読みは特定の脈絡 (文脈) から生じるものとされ、なぜ生じるのかという議論は背景に押しやられてきた。他方、認知意味論における議論では、意味論地図を使ってさまざまな読みについて議論されることはあっても、それぞれの読みについては例示に留まることも多い。つまり、それぞれの読みがなぜ生じるのか、相互の関係はどうなっているのかという議論はやはり充分に追究されることなく歴史的例示に説明の座を譲ってしまうことも多い。
 
したがって、情報構造とモダリティの概念および分野が十全に解き明かされたというわけには行かないが、しかし近年、その解明が大きな進歩を遂げたことは疑いがない。両者の交差点を語るうえで欠かせないのが、前提 (Presupposition) や共有知識 (Common Ground) などの、話し手や聞き手の知識状態に関する概念である。たとえば、焦点は典型的には存在前提を誘発することや、既知性は共有知識との関連で定義可能であることが指摘されている。話し手が何を「前提」や「共有知識」とみなしているのか―換言すれば、話し手がどのような状況把握をしているのか―を分析することなしには、今日の情報構造研究は成り立たない。
 
本書は、2018年5月に早稲田大学において開催された日本独文学会春季研究発表会におけるシンポジウム『情報構造と話し手の状況把握』を基としている。そこでは情報構造と話し手の状況把握の関連に目を向け、その一方あるいは双方に関わる言語現象を取り上げることで、そういった概念が人間の言語においてどのような形で実現しているのかを浮き彫りにしていくことを目指した。議論の対象言語はおもにドイツ語である。シンポジウムにおいて発表者であった、研究室の院生を中心に山崎祐人、伊藤克将、Christian Klink、林則序 & 森芳樹が寄稿した4本の論文によって、本書は構成されている。
 
本書の意図は、情報構造の研究を新情報と旧情報の選り分けに終始させるだけでなく、それを駆使する話者の意図と結び付けようとするところにある。本書がこの古くて新しいテーマの開拓に、少しでも貢献できていれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 森 芳樹 / 2021)

本の目次

まえがき・・・・・森 芳樹
ドイツ語の分裂文における意外性・・・・・山崎祐人
強勢アクセントをもつドイツ語心態詞JA と左方領域 ―生成文法による分析・・・・・伊藤克将
Akkommodationspräferenzen in deutschen Konditionalsätzen・・・・・Christian Klink
懸念標識の構成的意味論に向けて・・・・・林 則序 & 森 芳樹
会議報告

 

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