東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

男と書写する書記のイラスト

書籍名

写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア

著者名

クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ (著)、 一條 麻美子 (訳)

判型など

296ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年7月21日

ISBN コード

9784560095591

出版社

白水社

出版社URL

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写本の文化誌

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皆さんは「文学」というとどのようなものを想像するでしょうか。本という形で図書館や書店に並んでいて、手元に置いて開いて読むもの。近年ではデジタル画面で読んでいる人も多いかと思います。どんな媒体であれ、著者とタイトルが同じであれば、どれをとってもまったく同じ文章が読める、著者の最終稿は著作権によって変更不可能な物として守られている、それが現代の文学作品です。
 
そのような文学観が現れたのは、なんといっても印刷術のおかげです。印刷術によって本が大量生産されるようになり、社会の上層階級に独占されていた知は一般に普及し、宗教改革をはじめとする社会変動を引き起こしたということは、世界史の教科書にも載っています。しかし印刷術は知の大衆化を推し進めただけではありません。版上に並んだ活字を紙の上に押しつけて作られる印刷本が、どれをとっても寸分違わぬテキストを世の中に大量に送り出したおかげで、テキストは変更不可能であるという感覚がわれわれにもたらされたのです。
 
グーテンベルク以前のテキストはそうではありませんでした。テキストを伝えるのは書記が一文字ずつペンとインクで羊皮紙に書き記していく写本だったのです。書記は十人十色、注意深く仕事をする者もいれば、行を飛ばして書き込んでしまうような慌て者もいました。しかし彼らは皆、元のテキストを一言一句変えることなく書き写すことに、現代のわれわれほどにはこだわってはいませんでした。「テキストの正しさ」についての理解は、印刷術以前と以降とでは決定的に異なっていました。われわれの感覚は歴史的に不変のものではないのです。
 
『写本の文化誌』は、現在のテキストの定義が通用しない、中世の文学世界のありようを解説しています。まず羊皮紙や羽根ペン、インクの製造法、写本制作に関わる書記、編集者、挿絵画家の仕事など、テキストを伝えるメディアとしての写本の制作過程が詳細に綴られます。そしてさらに注文主と読者双方の文化的成熟や、「物」としての写本が持つ価値 (権力の象徴、政治的な贈答品など) といった外的な条件によって、母語による書記文学が誕生していく経緯が、現存する写本を基に解き明かされていきます。現代とは異なるテキストのありようはみなさんの文学観を揺さぶることでしょう。しかし、それは印刷術によって駆逐されてしまった過去の世界の話なのでしょうか?
 
現在、われわれはデジタル化というメディア革命のまっただ中にいます。最初に書いたように、文学を「本」ではなくタブレットやスマホで読む人も増えつつあります。多くの人が参加して作り上げるテキスト (ウィキペディアなど) もわれわれにとって珍しいものではなくなりました。それはもしかすると印刷術以前の、中世のテキスト世界への回帰なのではないでしょうか? 中世について知ることは私たちの未来を予測することでもあるかもしれないのです。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 一條 麻美子 / 2020)

本の目次

序 

第一章 本ができあがるまで
 1 材料の調達 
 2 書く・描く 
 3 写本製作の場 
 4 書記 
 5 本の外見 
 6 写本の値段 
 7 保管とアーカイブ化 
 8 印刷術という革命 

第二章 注文製作 
 1 文学の中心地 
 2 文学愛好家とパトロン 
 3 文学マネージメント──マネッセ写本 
 4 愛書家──ある十五世紀貴族の図書室 

第三章 本と読者 
 1 聞く・読む 
 2 身体としての本 
 3 五感と読書 

第四章 作者とテキスト 
 1 詩人──匿名・自己演出・歴史性 
 2 作品──伝承・言語・文学概念 

 訳者あとがき/参考文献/書名・人名リスト/注と典拠/索引 
 

関連情報

原著:
Brinker-von der Heyde, Claudia  “Die literarische Welt des Mittelalters”  (Wissen Bildung Gemeinschft, 2017)
https://www.wbg-wissenverbindet.de/shop/28932/die-literarische-welt-des-mittelalters
 
書評:
本村凌二 (早稲田大特任教授・西洋史) 評「『多声的な意味関連』にひそむ活力」 (毎日新聞 2017年10月22日)
https://mainichi.jp/articles/20171022/ddm/015/070/022000c
 
安藤宏 評「デジタル社会への示唆」 (読売新聞 2017年8月20日)
 
書籍紹介:
写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア (REPRE Vol.32 2018年2月28日)
https://www.repre.org/repre/vol32/books/translation/claudia/
 
柴田隆功 (『史學雑誌』127編2号 2018年2月)
 
本村凌二 (早稲田大特任教授・西洋史) 「今週の本棚 – 2017この3冊」 (毎日新聞 2017年12月17日)

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