小中一貫教育をデザインする カリキュラム・マネジメント52の疑問
近年、小学校と中学校の教師が、保護者、地域コミュニティと協働して、子どもの発達に応じたカリキュラムや学習環境の創出を目指す、小中連携教育、小中一貫教育が全国で取り組まれている。その目的は、子どもが制度的、文化的、認知的な差異を有する小学校から中学校への環境移行を果たすことの支援、思春期の子どもに対する丁寧なかかわりの構築、義務教育の9年間に渡るカリキュラムや集団編成の効果的なデザイン、地域と学校との連携の構築などで、学校単位、自治体単位ではその成果が実践報告として報告されつつある。さらに、2018年4月には、小学校、中学校に加えて、新たに義務教育学校という学校種が制定され、小中一貫教育の取り組みが制度化された。
小中一貫教育において重視されるのが「カリキュラム・マネジメント」である。カリキュラム・マネジメントには三つの側面がある。一つには、学校の教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと、二つには、各種データ等に基づき、教育課程を編成し、実施し、評価して改善を図る一連のPDCAサイクルを確立すること、三つには、教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に組み合わせること、である。さらに「カリキュラム」ということばの使用には、学習者の学習経験を十分にとらえること、教師の予想を超えた学習者の豊かな経験を大切にするという考え方が含意され、「マネジメント」は各学校における教育の質を高めるための「ひと・もの・こと」の配置や再配置を指しており、子どもの学習経験をより質の高いものにするための学校内外の配置や再配置を指しているといえるだろう。
以上を受けて、本書は、小中一貫教育のカリキュラム・マネジメントのありかたや課題、小中一貫校における実践の創りかたや取り組みかたを提示し検討している。
第I部は、本書の協力校である大阪府堺市の「さつき野学園 (市立さつき野小学校、さつき野中学校)」における小中一貫校としての開校の経緯、組織のありかたや実践の工夫、今後の展望を示している。小中一貫校の設立準備から立ち上げ、日々の実践などが当事者によってエピソード的に記述され、小中一貫教育の具体像を描くことができるだろう。
第II部は、Q&Aの形式をとり、小中一貫校の実務や実践についての事例とその考え方を示している。Qとして、小中一貫教育に取り組む過程で教師や行政担当者が抱く疑問や課題意識を設定し、それに対する小中一貫校の教師による経験に基づく回答をAとした。小中一貫校の課題やその解決のありかた、小中一貫校の具体的な実践を知ることができるだろう。
第III部は、研究者による小中一貫教育の意義と可能性、学校づくりの要点についての論考である。未だ研究事例の少ない小中一貫校における実践研究の視点を得ることができるだろう。
新たな義務教育のありかた、学校と地域との連携、子どもの発達とカリキュラム、などに関心のあるかたに手にとっていただきたい。
(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 藤江 康彦 / 2021)
本の目次
まえがき (藤江康彦)
第I部 さつき野学園のあらまし
第1章 いま、なぜ小中一貫教育か
第2章 さつき野学園の歩み
1 さつき野学園の始まり
2 不安から希望へ-保護者からの言葉-
3 小中一貫校で学んで-卒業生からの言葉-
4 さつき野学園の現在とこれから
第3章 さつき野学園が大切にしていること
1 小学校教師と中学校教師が共に働く
2 小学生と中学生が共に高め合う
3 9年かけてのキャリア教育 (進路指導)
4 子どもを育む生徒指導
5 地域に支えられ、地域を変える
6 保護者と共に育つ
第II部 小中一貫教育のQ&A
[学校経営]
Q1 学校経営方針を策定するにあたり、どのようなことに留意すればよいでしょうか?
Q2 会議や意思決定、指示系統はどのように構築していけばよいのでしょうか?
Q3 小中の教師が協働して校務にあたる際、校務分掌をどのように組めばよいでしょうか?
Q4 どのように学校評価を行えば、子どもや保護者のニーズ、小中一貫教育の効果を把握することができるでしょうか?
Q5 開校に向けた準備から開校後の経営にわたり、校長として教育委員会とどのように連携を図ればよいでしょうか?
Q6 小学校と中学校の「文化の違い」から、しばしば教師間で衝突が起こることがあると聞きますが、どのような理由で衝突が起こるのでしょうか?
Q7 施設一体型小中一貫校では、小中の先生が同じ職員室を使うことが多いと聞きました。小中の教師間でコミュニケーションを促したり、情報共有を図ったりするために、どのような工夫が有効でしょうか?
Q8 小中一貫校の先生方は多忙感を感じやすいと聞きますが、どのように対処しているのでしょうか?
[教務・教育課程編成]
Q9 通常、小学校は45分授業、中学校は50分授業ですが、休み時間の設定やチャイムを鳴らすタイミングなど、授業時間の違いにどのように対処すればよいでしょうか?
Q10 乗り入れ授業があったり特別教室を小中で共有したりすることがあると聞きましたが、各学年が適正な授業時数を確保しつつ、小中一貫校であることを活かすためには、どのような時間割編成にすればよいでしょうか?
Q11 教師ごとの担当時間数に大きな違いがある上に、小学校で一部教科担任制を導入する場合には、さらに教師間、教科間での差が生まれることが予想されます。どのように調整すればよいでしょうか?
Q12 小中それぞれの行事をふまえて年間計画を立てる際に、どのようなことに留意すればよいでしょうか?
Q13 乗り入れ授業がしばしば行われると聞きましたが、実際にはどのように行われるのでしょうか?
Q14 1~4年生、5~7年生 (中学1年生)、8~9年生 (中学2~3年生) で分ける4-3-2制をとっている学校も多いと聞きますが、それぞれのまとまりごとの指導方針や目標をどのように定めればよいでしょうか?
Q15 小中の文化の違いに対し、教務主任としてどのように考え、対処していけばよいでしょうか?
[授業づくり]
Q16 小学校と中学校とでは授業スタイルが異なるように思いますが、それらをどのようにつなげ、教師間で共有していけばよいのでしょうか?
Q17 「ユニバーサルデザイン」の観点からの授業づくりが必要であるといわれています。小中一貫校や義務教育学校で取り組むことには、どのようなメリットと課題があるでしょうか?
Q18 小中一貫教育では、どのように「協同的な学び」に取り組むことができるでしょうか?
Q19 9年間を見通したキャリア教育に取り組むにあたって、どのような点に留意すればよいでしょうか?
Q20 小中一貫校や義務教育学校では小学1年から外国語を導入しているところもあると聞きましたが、外国語 (英語) 教育に取り組む際にはどのような留意点がありますか?
Q21 小中一貫校や義務教育学校では「総合的な学習の時間」も7年間を通したカリキュラムになるのでしょうか? カリキュラム・マネジメントをどのように進めていけばよいでしょうか?
Q22 小中一貫校や義務教育学校では、道徳教育をどのように進めることができるでしょうか?
[特別活動・行事]
Q23 小中合同で運動会を行う際、どのような課題があるでしょうか? また、小中一貫教育ならではの取り組みとして、どのようなことができるでしょうか?
Q24 文化祭や合唱コンクールなどの文化的行事を小中合同で行う際、どのような点に留意すればよいでしょうか? また、小中一貫教育ならではの取り組みとして、どのようなことが可能でしょうか?
Q25 小中一貫校や義務教育学校では、修学旅行は6年生と9 (中学3) 年生の2回行うのでしょうか? また、それぞれの修学旅行はどのように位置づけられるのでしょうか?
Q26 小中一貫校や義務教育学校では、6年生の卒業式を行わない学校もあると聞きました。また、行われている学校でも子どもたちの卒業式への意識が高まりにくいと聞きますが、実際のところはどうでしょうか?
Q27 4-3-2制をとる場合、5~7 (中学1) 年生の3年間は、小学校と中学校をまたぐ重要な時期でありながら、指導体制の構築や実践が難しいと感じます。どのようなねらいをもち、取り組んでいけばよいでしょうか?
Q28 自治的組織として小学校の児童会と中学校の生徒会を統合する場合に、どのようなことに留意して、指導にあたればよいのでしょうか?
Q29 異学年での交流授業を行いたいと考えています。どのような内容で取り組むのがよいでしょうか? また、教師の支援としては何が必要でしょうか?
Q30 小中一貫校や義務教育学校では、5年生から部活動に加入するケースもあると聞きました。小学生から部活動に参加することには、どのようなよさと課題があるでしょうか?
[生徒指導・学校保健]
Q31 小中一貫校や義務教育学校には、統一した「校則」というものはあるのでしょうか?
Q32 小学校と中学校では、生徒指導のあり方や考え方に違いがあると思います。小中一貫校や義務教育学校の生徒指導体制はどうなっているのでしょうか?
Q33 小中一貫教育では5~7 (中学1) 年生という移行期の指導に重点が置かれ、1~4年生は軽視されているのではないかと思います。低学年の指導においては、どのような点に留意すべきでしょうか?
Q34 4-3-2制をとっている場合、それぞれの学年のまとまりごとに集会を行うこともあると思います。特に、1~4年生のまとまりにおいては、どのようなねらいをもって取り組んでいけばよいのでしょうか?
Q35 小学校籍の養護教諭と中学校籍の養護教諭、両方の配置が可能な場合、それぞれの役割分担はどのようになるのでしょうか? また、協働してできることもあるのでしょうか?
Q36 小中一貫校や義務教育学校において健康教育に取り組む場合、9年間を見通して、どのように進めていけばよいでしょうか?
Q37 家庭との連携も養護教諭の役割だと思いますが、小中一貫校や義務教育学校の場合はどのように連携を図ることができるでしょうか?
Q38 養護教諭の役割として、子育てに関する保護者支援もあると思います。小中一貫教育ならではの支援のあり方にはどのようなものがあるでしょうか?
[研修]
Q39 校内研修の体制を構築するにあたって、どのような点に留意すればよいでしょうか?
Q40 小学校と中学校では、校内研究のテーマ設定や授業を参観する際の観点、協議会のもち方などが異なる場合があります。小中一貫校や義務教育学校では、研究授業をどのように行えばよいでしょうか?
Q41 研究授業後の協議会は、どのように進めるのがよいでしょうか?
Q42 校内研究において、指導主事や外部講師とどのように連携をとるとよいのでしょうか?
Q43 年間の研修計画を立てるうえで、どのようなことに留意すればよいでしょうか?
Q44 若手教師の育成はどの学校でも課題となっていますが、小中一貫教育ならではの支援にはどのようなものがありますか?
Q45 小中一貫校や義務教育学校における特別支援教育としては、どのような取り組みが可能でしょうか? また、特別支援学級のあり方はどのように変わるのでしょうか?
[保護者や地域との連携]
Q46 小中一貫校や義務教育学校では、PTA組織も一つなのでしょうか?どのように組織をつくればよいのでしょうか?
Q47 PTA活動も含めて、小中の保護者間ではどのような関係づくりや連携が必要でしょうか?
Q48 保護者と学校の結びつきが強いからこそ、子どもが卒業したあとも保護者が学校を支援していくことはあるのでしょうか? どのような活動ができるのでしょうか?
Q49 小中一貫校や義務教育学校がコミュニティ・スクールとして設置される場合、学校経営のあり方や、地域や保護者との関わり方において、どのような具体的な取り組みができるでしょうか?
Q50 近年、地域人材を活用した学校経営の取り組みが多くみられるようになってきました。小中一貫教育ならではの取り組みはあるのでしょうか?
Q51 地域からは、小中一貫校や義務教育学校はどのようにみえているのでしょうか? また、地域にはどのような変化が起こるのでしょうか?
Q52 小中一貫校や義務教育学校は新しい形態の学校なので、保護者や地域の理解を促す取り組みも必要だと聞きます。学校から保護者や地域に向けた情報発信にはどのような方法があるでしょうか? また、どのような点に留意すべきでしょうか?
第III部 小中一貫教育によって質の高い教育をめざす (藤江康彦)
第1章 小中一貫教育のカリキュラム・マネジメント
1 小中一貫教育がめざす質の高い教育とは
2 9年間一貫した教科カリキュラムの開発
3 9年間を4-3-2のまとまりにする
第2章 教師の学び:子ども理解の視点の拡がり
1 子どもがみえるようになる
2 具体的な実践のアイデアの創出
3 子ども理解の新たな視点を獲得
4 子ども理解の視点の拡がりと教師の学び
第3章 新しい学校像をめざして
1 文化の衝突をあえて起こす
2 新しい学校の文化を創る
3 地域と連携した学校づくり
あとがき (藤江康彦)
編著者紹介
執筆者一覧
関連情報
特集シリーズ: 学校現場と進めるカリキュラム・マネジメント5つの事例にみる持続可能な小中一貫教育 (『VIEW21』教育委員会版 2019年度Vol.4)
https://berd.benesse.jp/magazine/board/booklet/?id=5478
研究会:
学校づくりを考える日 義務教育学校 長野県信濃町立信濃小中学校 (長野県信濃町立信濃小中学校 2019年10月31日)
https://www.shinano-machi.com/news/3342