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書籍名

これからの質的研究法 15の事例にみる学校教育実践研究

判型など

304ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年4月

ISBN コード

978-4-489-02307-1

出版社

東京図書

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これからの質的研究法

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研究論文を読んでいて、この研究がどのように始められ、どのように進められたのかを、筆者に聞いてみたいと思ったことはないだろうか。本書は、学校教育実践を対象とした質的研究による研究論文をとりあげ、その著者に研究の実際について解説していただいたものである。
 
質的研究は、単なるデータ分析の方法論ではない。研究者が自身を世界に位置づけ、対象となる事物や現象を自然の状態で研究し、その世界の人びとがその事物や現象にどのような意味を付与するのか、という視点で事物や現象を理解し解釈する営みである。価値の多様化、社会の多元化、状況の不安定化、が世界を刻々と変化させ、人間の活動の様々な領域であらたな文脈の生成が繰り返される現代社会における実証的研究のありかたとして質的研究への期待が高まっている。
 
実践とは、われわれが実際に行う日々の行為や活動である。教育実践は、教育活動の参加者である子どもや教師による実際の行為や活動であり、社会的、歴史的、文化的文脈に位置づくとともに教育実践それ自体が文脈を作り出している。
 
教育実践を研究することには二つの意味があるといえるだろう。一つには「教育」学の諸概念を「実践」をとおして検討するという意味である。具体的な文脈における子どもや教師の実際の行為においてはじめて実体化する「教育」学の諸概念と「教育」学の諸概念によって意味づけられる教師や子どもの行為の相互規定をみていくのである。そこでは、教育学の概念構築と実践をとらえる視角の創出が目指される。二つには「教育実践」とはなにかを追究するという意味である。「教育実践」という概念が指し示す事象の構造や生成過程を解明し、文脈や活動の開発をおこなう。文脈に根ざした知の探究とよりよい実践の創出に向けた実践のデザイン原理の設定が目指される。
 
教育実践の定義に照らせば、実践は常に新規で多様な文脈を生み出し、教育実践研究はその文脈を捉えていく点で帰納的探究による質的研究の対象となり得る。
 
本書は、理論編と事例編からなる。事例編では、若手、中堅の研究者が、論文化された具体的な研究事例を挙げて教育実践に対する関心から研究設問の設定、研究方法や対象の選択、分析過程や考察の仕方など具体的な研究のプロセスを開陳している。取り上げられている研究は「授業」、「単元やカリキュラム」、「学級集団や小集団」、「学校組織」、「教師の仕事」と教育実践をくまなくカバーしている。本書は、質的研究法の手引き書としても活用できる。質的研究法についての多くの教科書が、研究法を中心として構成されているのに対して、本書は、研究のプロセスを直接筆者に聞いてみたいと編者が感じた面白い研究によって構成されている。
 
質的研究法に関心のあるかた、教育実践研究に関心のあるかたにはぜひ手にとっていただきたい。

 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 藤江 康彦 / 2021)

本の目次

まえがき
 
第I部 理論編 (秋田喜代美、藤江康彦)
 
 1. 学校教育実践研究のための質的研究法-質的研究とはなにか
 2. フィールドへの参加と倫理
 3. データの収集
 4. データの分析
 5. 研究成果を論文等にまとめる
 6. 学校や研究協力者への報告
 
第II部 研究事例編
 
●授業やカリキュラム、教室を探究する

A. 協働的な学習に焦点を当てて授業を研究する
 第1章 小グループの談話とワークシート記述の質的分析
  ・物語についての読みが協働によって深まる過程 (濱田秀行)
 第2章 数学の小グループの談話とノートに基づく記述分析
  ・特定の生徒の授業における行動の意味 (山路 茜)
 第3章 協働的な話し合いを支援する教師の即興的思考の研究 
  ・授業談話とインタビュー記録の分析によるリヴォイシング時の教師の思考の検討 (一柳智紀)
 第4章 小グループ学習における示すことや注視の動きの研究
  ・社会科の小グループ学習の事例を行為に着目して分析する (古市直樹)
 
B.単元やカリキュラムを研究する
 第5章 長期的探究学習の評価と分析
  ・セルフナラテイブやKPI評価から捉える探究学習を中心に (坂本篤史)
 第6章 デザイン研究による学校の持続的な改善
  ・子どもたちの学習過程の発話データや学習成果の記録を活用して (益川弘如)
 
C.学級集団、小集団の展開を研究する
 第7章 学級規範と集団の展開の談話研究      
  ・違和感を出発点に、学級規範と授業観を問い直す (笹屋孝允)
 第8章 異質な集団との交流経験についての語りの分析
  ・知的障害児との交流を行った健常児への再生刺激法インタビューをもとに (楠見友輔)
 
●学校文化や教師の仕事を探究する

D.学校組織を研究する
 第9章 授業観察経験の比較文化研究
  ・ベトナム人教師のナラティブ分析から (津久井純)
 第10章 学校改善に取り組む教職員組織を記述分析する
  ・複線径路等至性アプローチを使ったスクールミドル集団の分析を中心に (時任隼平)
 第11章 学校組織のアクション・リサーチ研究
  ・高校における学校改革のアクション・リサーチを中心に (木村 優)
 第12章 保幼小連携の取り組みが移行期の子どもとその保護者にもたらす効果
  ・数量・質の混合アプローチから (一前春子)
 
E.教師の仕事を研究する
 第13章 観察とインタビューの混合による教育実践の分析
  ・教師の情動的支援に関する研究を例に (芦田祐佳)
 第14章 教師がミドルリーダーへと変容する過程
  ・TEA (複線径路・等至性アプローチ) による、研究主任の語りの分析 (束原和郎)
 第15章 学校改革・学校づくりの経験をナラティブ探究で解明する 
  ・A小学校の学校づくりの事例を中心に (浅井幸子)
 
あとがき
 

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