学生:これはどういう本ですか?
著者:これは、「日本政治思想史」の本です。17世紀から19世紀が主な対象です。つまり、徳川の世から、いわゆる「維新」を経て、「明治」の年号が終わる頃までです。その頃に、「日本人」(徳川の世においては、琉球国の人々とアイヌの人々は含みませんでした。ここでもその意味です) が、広い意味の政治をめぐってどのような思いや考えを持ち、それがどう変化したかを探る試みです。
学生:それを調べて、何になるのですか?
著者:例えば、いわゆるペリー来航後、わずか14年余で徳川体制が崩壊し、突然、「文明開化」を推進する政府ができたのは何故でしょうか。当時の人々がそのように行動したからですよね。では、何故そのような行動をしたのかといえば、それなりの考えがあったからでしょうね。では、それは、どのような考えだったのでしょうか。
つまり、政治思想が分からなければ、「明治維新」と呼ばれているあの大革命さえ理解できないのです。
学生:政治思想と「性」に関係があるのですか?
著者:徳川時代の武士の政府、明治期の政府、いずれも男性のみで構成されていました。つまり、性別が政府を構成することにおいて、重要な原則になっていたわけです。何故でしょうか。
学生:当時としては、当たり前ではないですか?
著者:何故、当たり前と思えたのでしょうか。政治は、すべての人の生活・人生・生命にかかわることではありませんか。にもかかわらず、それを、男性だけがとりしきり、しかも、それが当然と思われていたとすれば、理由があるはずです。何故、当時の人はそれを当然と思ったのか、それが分からなければ、当時の政治体制の重要な一面が理解できません。「男」とはいかなるものか、「女」とはいかなるものか、という当時の人々の独特の思い・考えが、あのような政治体制を可能にしていたのです。それを探るのは、政治思想史の重要な使命です。
学生:でも、結局、それは「男女平等」の原則の無かった昔の話ですよね。
著者:そうでしょうか。現在でも、日本の議員・大臣・高級官僚・最高裁判所判事のほとんどは男性です。これまでのすべての総理大臣は男性です。この性別割合の偏りは、先進国の間だけでなく、全世界の諸国の中でも最低レベルにあることは御存知でしょう? 何故、日本では今もそうなのでしょうか。つまり、これは、単に過去の問題ではないのです。
学生:「文明」とは、何ですか?
著者:世が正しく栄えていることをいう、儒教の古い言葉です。それが、19世紀の西洋人が偏愛したcivilizationという語の翻訳語にもなりました。その両方の意味が重なって、「文明開化」は、誰も否定しにくい良いことだということになりました。でも、本当のところ、何が「文明」であり、「開化」なのでしょう? それをめぐって多くの悩みがありました。それも、本書で御紹介しました。
本書を読んだら、「日本史」が以前とかなり違って見えてきた――もしもそうならば幸いです。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 名誉教授 渡辺 浩 / 2021)
本の目次
I 「明治維新」とはいかなる革命か
第一章 「明治維新」論と福沢諭吉
第一節 「明治維新」とは?
第二節 「尊王攘夷」
第三節 ナショナリズム
第四節 割り込み
第五節 「自由」
第二章 アレクシ・ド・トクヴィルと三つの革命
――フランス(1789年~)・日本(1867年~)・中国(1911年~)
はじめに
第一節 「一人の王に服従するデモクラティックな人民」
《 Un peuple démocratique soumis à un roi 》
第ニ節 中国――デモクラティックな社会
第三節 デモクラティックな社会の特徴
第四節 中国の革命(1911年~)
第五節 日本の革命(1867年~)
おわりに
II 外交と道理
第三章 思想問題としての「開国」――日本の場合
はじめに
第一節 「文明人」の悩み
第ニ節 「日本人」の悩み
第四章 「華夷」と「武威」――「朝鮮国」と「日本国」の相互認識
はじめに
第一節 通信使の目的と「誠信」
第ニ節 「蛮夷」と軽蔑――朝鮮側の認識
第三節 「慕華」と「属国」――日本側の認識
第四節 破綻の要因
おわりに
III 「性」と権力
第五章 「夫婦有別」と「夫婦相和シ」
第一節 「中能」(なかよく)
第ニ節 「入込」(いれこみ・いれごみ・いりこみ・いりごみ)
第三節 「不熟」(ふじゅく)
第四節 「相談」(さうだん)
第五節 「護国」(ごこく)
おわりに
第六章 どんな「男」になるべきか――江戸と明治の「男性」理想像
はじめに
第一節 徳川体制
第ニ節 維新革命へ
第三節 明治の社会と国家
第七章 どんな「女」になれっていうの――江戸と明治の「女性」理想像
はじめに
第一節 徳川体制と「女」
第ニ節 「文明開化」と「女」
おわりに
IV 儒教と「文明」
第八章 「教」と陰謀――「国体」の一起源
第一節 「機軸」
第ニ節 「道」
第三節 「だましの手」
第四節 「文明」と「仮面」
第五節 「国民道徳」
第九章 競争と「文明」――日本の場合
第一節 「競争原理」
第ニ節 徳川の世
第三節 明治の代
第十章 儒教と福沢諭吉
はじめに
第一節 福沢諭吉の儒教批判
第ニ節 天性・天理・天道
V 対話の試み
第十一章 「聖人」は幸福か――善と幸福の関係について
第一節 問題設定への疑問
第ニ節 回答の必要
第三節 応報の類型
第四節 隠遁と方便
第五節 「独立自尊」
おわりに
第十二章 対話 徂徠とルソー
関連情報
http://www.utp.or.jp/special/MeijiRevolution/
書評:
木内昇 (作家) 評「変遷辿った男女らしさ」 (読売新聞 2021年10月8日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20211007-OYT8T50015/
会田弘継 (関西大学客員教授) 評「江戸儒学の革命性と男女意識の変遷描く」 (週刊東洋経済 2021年9月24日)
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/28297
犬塚元 評「「明治革命・性・文明」書評 科挙なき身分制が招いた大変動」 (朝日新聞 2021年8月7日)
https://book.asahi.com/article/14412552