2021年4月13日から8月29日にかけて東京大学駒場博物館で開催された「宇佐美圭司 よみがえる画家」展の展覧会カタログである。
本展覧会は、長らく本郷キャンパス中央食堂にかけられていた宇佐美圭司 (1940–2012) の絵画《きずな》(1977年) が、2017年に食堂の改修工事の過程で廃棄処分された事件に端を発している。作品が失われたことの意味を考えるには宇佐美の絵画を実見することが大切であり、また、廃棄の背景には、学内だけでなく現代の日本において、宇佐美の活動が見えにくくなっていた状況もあると考えて、大学が主催して展覧会を開くことになった。展覧会は、小規模ながら画家の活動全体を振り返ることを目指し、宇佐美の主な時代の絵画を集め、珍しい彫刻作品も展示した。さらに、《きずな》を再現画像で展示し、レーザー光線を用いたインスタレーション《Laser: Beam: Joint》(1968年) を再制作した。駒場博物館が所蔵するマルセル・デュシャンの《花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも》の再制作 (1980年) と並べて展示することで、現代美術における再制作についても考察した。
本書は、展覧会カタログとしてだけでなく、今後の研究資料としても役立つようにつくられている。掲載された文章は、宇佐美の活動を理解する上で参考になる証言や考察に満ちている。高階秀爾東京大学名誉教授は、当事者として、《きずな》が中央食堂で展示されることになった経緯を語りつつ、壁画としての《きずな》の意義を考察している。造形作家の岡﨑乾二郎は、宇佐美との出会いを振り返りつつ、「ゴースト」や1965年の米国のワッツ暴動などに対する宇佐美の関心を分析し、同時代の美術や思想との関係を論じている。編者の加治屋健司教授は、宇佐美の長年の活動を美術史的な観点から解き明かしている。総長や館長による挨拶文も見逃せない。五神真総長 (当時) は、助手時代に宇佐美の著作を読んだことなど個人的な思い出を語り、三浦篤館長は、西洋美術史の研究者として宇佐美を美術史に位置づけつつ、再制作の美術史的な意義も考察している。
本書は、展覧会に出品した作品の図版はもとより、宇佐美の代表作の図版も掲載し、さらに、旺盛な評論活動でも知られた宇佐美の代表的な論考を再録しており、宇佐美の活動の概要が分かるように工夫されている。宇佐美の蔵書と資料を精査して作成した詳細な文献目録や最新版の略歴・展覧会歴も、本書の学術的な価値を高めていると言える。宇佐美について知りたいときにまず手に取りたい書籍である。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 加治屋 健司 / 2021)
本の目次
ご挨拶(五神 真)
宇佐美圭司展に寄せて(三浦 篤)
《きずな》は今も語りかける(高階秀爾)
宇佐美圭司の肖像を描くための補助線(岡﨑乾二郎)
宇佐美圭司 よみがえる画家(加治屋健司)
図版
[再録] 思考操作としての美術(宇佐美圭司)
[再録] 芸術家の消滅(宇佐美圭司)
年譜・展覧会歴・文献目録(黒澤美子 編)
出品作品リスト
執筆者紹介
関連情報
田中純 評 <本の棚> (東京大学教養学部『教養学部報』630号 2021年10月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/630/open/630-02-3.html
中島水緒 評「宇佐美圭司 よみがえる画家」 (『美術手帖』1089号212頁 2021年8月)
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/24357
福永信 評「みる:イキイキとした見る力伝えるカタログ『宇佐美圭司 よみがえる画家』 加治屋健司編」(『朝日新聞』朝刊 2021年6月5日)
https://book.asahi.com/article/14367265
書籍紹介:
BOOK GUIDE (『月刊アートコレクターズ』147号 2021年6月)
https://www.tomosha.com/book/b583830.html
展覧会情報:
「宇佐美圭司 よみがえる画家」展 (東京大学駒場博物館 2021年7月1日 – 8月29日)
http://museum.c.u-tokyo.ac.jp/exhibition.html#Usami2021
「宇佐美圭司 よみがえる画家」展 (東京大学 Articles)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0109_00533.html
「宇佐美圭司 よみがえる画家」展 (東京大学 Events)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0109_00534.html
宇佐美圭司《Laser: Beam: Joint》(1968年)/ Usami Keiji's "Laser: Beam: Joint" (1968) (東京大学教養学部 / UTokyo College of Arts and Science: YouTube 2021年4月23日)
https://www.youtube.com/watch?v=aSqQZTW92UE
レポート: つながりを示すラインの軌跡 (東京大学大学院表象文化論コースWebジャーナル『PHANTASTOPIA』第1号 2022年3月8日)
https://phantastopia.com/1/usami-keiji-a-painter-resurrected/
REVIEW: 作品を「復活」させるとはどういうことか。平諭一郎評「宇佐美圭司 よみがえる画家」展 (『美術手帖』 2021年8月2日)
https://bijutsutecho.com/magazine/review/24384
目は語る: 高階秀爾「7月「宇佐美圭司 よみがえる画家」展 「知性の表現者」を超えて」 (『毎日新聞』 2021年7月14日)
https://mainichi.jp/articles/20210714/dde/014/070/011000c
【駒場東大】「宇佐美圭司 よみがえる画家展」に行ってきた【きずな】 (『PARTNER』 2021年7月8日)
https://partner-web.jp/article/?id=2488
加治屋健司「「宇佐美圭司 よみがえる画家」展」 (東京大学教養学部『教養学部報』629号 2021年7月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/629/open/629-01-2.html
第34回アーカイブ研究会 記録映像公開のお知らせ「失われた絵画とアーカイブ 宇佐美圭司絵画の廃棄処分への対応について」 (京都市立芸術大学 芸術資源研究センター 2021年6月21日)
https://www.kcua.ac.jp/arc/information/92/
features: 「失われた《きずな》が駒場博物館に立ち現れる 宇佐美圭司 よみがえる画家展開催中」 (東京大学広報室『学内広報』no. 1546, pp. 20-21. 2021年5月25日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400162892.pdf
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.25:
武満徹×宇佐美圭司~作曲家と画家の美しい「きずな」の成果とは? (『ONTOMO』 2021年5月9日)
https://ontomo-mag.com/article/column/rakugakist-usami-takemitsu202105/