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宇佐美圭司の絵画、きずな

書籍名

シンポジウム 「宇佐美圭司《きずな》から出発して」全記録

判型など

96ページ

言語

日本語

発行年月日

2019年5月

出版社

東京大学

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2018年4月26日、東京大学で生じたある事件がソーシャル・メディア上を駆け巡り、まもなく全国的な話題となった。2017年9月、本郷キャンパスにある中央食堂の改修工事の過程で、東京大学消費生活協同組合が、同食堂に展示されていた宇佐美圭司の絵画《きずな》(1977年) を廃棄処分してしまったのである。東京大学は、この事態に対して深く反省し、学内の文化資産の適切な保存・管理を進めると同時に、翌年9月28日に安田講堂でシンポジウム「宇佐美圭司《きずな》から出発して」を開催した。本書はその記録集である。
 
シンポジウムは、五神真総長による開会の辞に始まり、三浦篤教授による趣旨説明、高階秀爾名誉教授による特別講演の後、鈴木泉教授 (哲学)、加治屋健司准教授 (表象文化論)、髙岸輝准教授 (美術史) が《きずな》を中心に宇佐美作品を論じた。続いて、学外から参加した造形作家の岡﨑乾二郎武蔵野美術大学客員教授と林道郎上智大学教授が宇佐美の仕事をより広い文脈で検討した後、木下直之教授 (文化資源)、佐藤康宏教授 (美術史)、小林真理教授 (文化資源) が文化資源の廃棄の問題を考察した (肩書きはいずれも当時)。
 
《きずな》は、断片化され色分けされた人型が相互に関係する様子をダイヤグラムとして描いた絵画である。講演やディスカッションを通して分かったのは、《きずな》は、人と人との関係を浮かび上がらせ、さらにその関係を可能にするものを考察する思索的な作品であり、その構造主義的な問いは、戦後日本美術において重要な位置を占めていることである。そして、《きずな》に使われている人型は、1965年にロサンゼルスで起こったワッツ暴動で抗議する者のシルエットに着想を得たものであることも話題に挙がった。そのことを念頭に置くと、《きずな》とは、学生や教職員が語らい合う食堂における「親睦のきずな」であると同時に、地下の食堂の上に位置する安田講堂でかつて起こった学生運動で示された「連帯のきずな」でもあるのである。絵画の廃棄は、学内に複数いる美術の専門家に連絡・相談することなく行われてしまった。シンポジウムでは、生協職員や教職員の間の「連携のきずな」についても触れられ、学内の文化資源に関する関係者間の情報共有の大切さが再確認された。
 
本書は、巻末に絵画廃棄処分の経緯と対応についても記載しており、本件について知るには最適の書籍である。本書は市販されていないが、国会図書館や主要な大学図書館・美術館図書室などで閲覧することができる。本書を通して、学内、さらには広く社会における文化資源のあり方について考えてみるのもよいだろう。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 加治屋 健司 / 2020)

本の目次

宇佐美圭司氏 略歴
 
プログラム
 開会の辞 五神 真 (東京大学総長)
 趣旨説明 三篤 篤 (東京大学大学院総合文化研究科教授)
 特別講演「宇佐美圭司氏と《きずな》の思い出」高階秀爾 (東京大学名誉教授・大原美術館館長)
 
シンポジウム
第一部 宇佐美圭司《きずな》について
 講演「《きずな》について私が知っている二、三の事柄」鈴木 泉 (東京大学大学院人文社会系研究科教授)
 講演「美術史のなかの《きずな》」加治屋健司 (東京大学大学院総合文化研究科准教授)
 ディスカッション 鈴木 泉 加治屋健司 髙岸 輝 (モデレーター、東京大学大学院人文社会系研究科准教授)
 
第二部 宇佐美圭司と戦後日本美術
 講演・ディスカッション「思考操作としての美術」岡﨑乾二郎 (造形作家・武蔵野美術大学 客員教授) 林道郎 (モデレーター、上智大学国際教養学部教授)
 
第三部 東京大学と文化資源
 講演「ものがそこにあることとそれが美術であることについて」木下直之 (東京大学大学院人文社会系研究科教授・静岡県立美術館館長)
 講演「美術が捨てられるとき」佐藤康宏 (東京大学大学院人文社会系研究科教授)
 ディスカッション 木下直之 佐藤康宏 小林真理 (モデレーター、東京大学大学院人文社会系研究科教授)
 
全体討議 記憶にとどめ、語り継いでいくために
 三浦 篤 高階秀爾 鈴木 泉 加治屋健司 髙岸 輝 岡﨑乾二郎 林 道郎 木下直之 佐藤康宏 小林真理
 
巻末資料・経緯説明
 
あとがき
 

関連情報

展覧会:
New! 宇佐美圭司 よみがえる画家 (東京大学駒場博物館 2021年4月28日~6月27日)
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/23720

書籍紹介:
シンポジウム「宇佐美圭司《きずな》から出発して」全記録 (REPRE vol.37 2019年10月8日)
https://www.repre.org/repre/vol37/books/editing-multiple/kajiya/
 
関連記事:
「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分について」 (東京大学ホームページ 2018年5月8日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/n_z1602_00002.html
 
シンポジウム:
「シンポジウム『宇佐美圭司《きずな》から出発して』」案内 (東京大学安田講堂 2018年9月28日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0801_00004.html
 
「シンポジウム抄録 / 宇佐美圭司《きずな》から出発して」 (広報誌『淡青』38号より)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00020.html
 

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