私たちはどのような世界を想像すべきか 東京大学教養のフロンティア講義
本書は、東京大学東アジア藝文書院 (East Asian Academy for New Liberal Arts, EAA) が2020年度春学期に開講した学術フロンティア講義「30年後の世界へ——「世界」と「人間」の未来を共に考える」というオムニバス講義の内容を、学生さんとの質疑応答も踏まえて整理した上で再録した講義録です。2019年に東京大学と北京大学のジョイントプログラムとして発足したEAAは、研究と教育の両面から「東アジア発のリベラルアーツ」を構築することを目指しています。このオムニバス講義は、EAAが目指す新しいリベラルアーツを入学して間もない学部1年生や2年生の方々に知ってもらうために企画されたものです。
「リベラルアーツとは何か?」という問いにはさまざまな回答が可能でしょう。EAAでは、これをひとまず、不確実に変わりゆく世界の中で、わたしたちが自らの変化をくり返しながら、世界に関与し、世界を創っていくための知の技法であると考えています。したがって、何かについて知ることよりも、いまわたしたちがその中で生きている世界に対して問いを立てることを一つの「習い」として実践していくプロセスそのものこそがリベラルアーツであると考えることができます。そして、そのような「習い」を身につけることが大学生活における最も重要な基礎であり、「問うことを学ぶ」行為としての学問の始まりとなります。
そこで、この講義は「30年後の世界へ」を毎年の共通テーマとしています。この講義を聞きに集まる方々は、30年後、50歳前後の人間として、たとえどの分野にいてどこの場所で生活しているとしても、それぞれが所属する社会で中心的な役割を果たしながら活躍しているはずです。そのころいったい世界はどのような姿を呈しているでしょうか。この問いに答えるために、この講義が提供するのはなにがしかの具体的な知識や情報ではなく、もう一つの問いです。つまり、30年後の世界を目指して、わたしたちがどのような世界のあり方を望むべきかという問いです。未来を予測することよりも、未来の構築に自ら与っていくことこそがリベラルアーツとしての学問的習いであるからです。特に2020年度の講義においては、「世界」と「人間」という二つの概念について、両面から問い直すことを試みました。新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の世界的流行、脳科学やAI、データ集積のような新しい科学と技術の発展による人間像の揺らぎ、巨大自然災害やそれに伴って起こる生活の崩壊、多様性と包摂性を価値とする社会実現のための諸課題、そして、これらすべてを包含する人新世という時代規定のあり方と、そこから出発する倫理のあり方、などなどは、わたしたちに「世界」と「人間」双方の再定義を迫っています。本書では、リベラルアーツの習いにおいて「世界」と「人間」を問い直す学問を「世界人間学 (World Human Studies)」と呼び、全11講、12名の教員がそれぞれの関心に沿った具体的な事例から諸問題にアプローチしています。「世界人間学」というまだ存在しない新しい学問の事始めとして本書が多くの人に読まれることを希望します。
なお、講義の内容は、本学の授業動画配信サービスUTokyo OCWで視聴することができます。
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/course_11440/
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石井 剛 / 2021)
本の目次
第1講 「人新世」時代の人間を問う——滅びゆく世界で生きるということ…………田辺明生
第2講 世界哲学と東アジア…………中島隆博
第3講 小説と人間——Gulliver’s Travelsを読む…………武田将明
第4講 30年後を生きる人たちのための歴史…………羽田 正
第5講 脳科学の過去・現在・未来…………四本裕子
第6講 30年後の被災地、そして香港…………張 政遠
第7講 医療と介護の未来…………橋本英樹
第8講 宗教的/世俗的ディストピアとユマニスム…………伊達聖伸
第9講 「中国」と「世界」——どこにあるのか…………石井 剛
第10講 AI時代の潜勢力と文学…………王 欽
第11講 中動態と当事者研究——仲間と責任の哲学…………國分功一郎・熊谷晋一郎
関連情報
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp
講義動画:
2020年度開講:30年後の世界へ ―「世界」と「人間」の未来を共に考える (学術フロンティア講義) (OCW – UTokyo OpenCourseWare 2020年)
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/course_11440/