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イエローストライプの表紙

書籍名

私たちは世界の「悪」にどう立ち向かうか 東京大学教養のフロンティア講義

判型など

368ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2022年11月20日

ISBN コード

9784798701868

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私たちは世界の「悪」にどう立ち向かうか

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東アジア藝文書院 (EAA) は、「東アジアからの新しいリベラルアーツ」という目標を掲げて2019年に設立された北京大学とのジョイントプログラムです。EAAは毎年教養学部で学術フロンティア講義として「30年後の世界へ」というオムニバス講義を開講しています。本書は、2021年度に行われた「30年後の世界へ —— 学問とその“悪”について」の講義内容を収録したものです。折しも新型コロナウイルス感染症パンデミックのさなかにあって、学問の意義を再検討する必要が迫られていました。学問とそこから生まれてくる新しい思想や技術は、人類社会のよりよい発展に寄与するものだとわたしたちは信じていますし、そうあるべきものでしょう。しかし、今日の諸問題を振り返ると、人類に困難をもたらしてきたのもまた学問から生まれてきた思想や技術であることにすぐさま思い至ります。ですから、学問が自らを善なる希望であると自己規定するだけではおそらく不十分なのです。むしろ、学問そのものが自らの内にある「悪」を不断に問い直すことが必要となるでしょうし、その中では善と悪とがそもそも不可分であるという現実に眼を開かねばなりません。その上でなおわたしたちは人類のよりよき生を学問的に追求していかねばならないでしょう。
 
本書はそうした立脚点の上で、善と悪に関する哲学的考察の理論と歴史、ポスト・トゥルースと呼ばれる新たな風潮への省察、人種や民族といったアイデンティティ概念によってもたらされた政治への批判、また、現代テクノロジーの高度な発展のなかで人間は地球環境における長い生命の歴史的変遷とどう向き合うべきかなどといった諸問題をめぐって、文系理系の枠を越えたさまざまな分野の専門家が独自の視点で論じています。
 
本書のもとになった講義は、UTokyo OCWという授業動画配信サイトを通じて一般に公開されています。授業中には聴講者とのディスカッションも活発に行われ、質疑の全容をこのサイトからご覧いただくことができます。本書は講義終了後にこれらの質疑の内容を踏まえて各登壇者が新たに書き直したものですので、本書と動画とをあわせてご覧いただくことで、知の生まれる現場からそれが文へと昇華していく変遷のプロセスを感じることができます。
 
同時代のひりひりした緊張感に向き合いながら、それぞれの分野の専門家たちがリベラルアーツの世界へと飛び込む教養学部前期課程生たちに対して発する学問のメッセージを読みとっていただける書籍となりました。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石井 剛 / 2023)

本の目次

第1講 悪をめぐる三つのパラドックス (朝倉友海)
未来へ向かうことと悪を避けること/『マクベス』と『老子』をつなぐ、善悪のパラドックス/第一のパラドックス「善は悪である」――カントと形式主義/理性の命令から「天命」へ――孟子をてがかりに/「善は悪である」の進化形?/第二のパラドックス「悪は善である」――ニーチェと系譜学/評価様式そのものを見直してみよう/第三のパラドックス「善悪の等しさ」――仏と悪の不思議な関係/悪の陳腐さと反道徳的シニシズム/歴史は繰り返す――悲劇と茶番について/直観に「賭ける」ことでしか未来は切り開けない

第2講 真実の終わり?――21世紀の現代思想史のために (星野 太)
30年後を考えるために、30年前に着目する/ポスト・トゥルースとは何か/ポスト・トゥルースの系譜学/ポストモダニズムの影響?/悪しき相対主義、遠近法主義のイメージ/批判者たちの言い分/アメリカにおける「フレンチ・セオリー」/さしあたりの結語――ポストモダニズムの再検討に向けて

第3講 人種・民族についての悪い理論 (鶴見太郎)
「人種」や「民族」は存在しない?/新しい概念はどのように広まるのか/「人種」という概念が流通した背景/「民族」という概念が流通した背景/日本における人種と民族/「人種」への忌避と「民族」の重視/ソ連のユダヤ人は、なぜイスラエルに移住したか/「ユダヤ人だから」ではない本当の動機/人種・民族についての悪い理論/民族をどのように考えればよいか

第4講 近代日本哲学の光と影 (中島隆博)
哲学が「役に立ってしまった」時代/大学生を戦争に駆り立てた田辺の講義/個人の根拠に国家を据えた「種の論理」/戦争末期に「懺(ざん)悔(げ)」した田辺/九鬼周造は、なぜ「いき」に着目したのか/「生きる」ことと「偶然性」の関係/現代の哲学にもつながる「世界」の捉え方/九鬼が下した「決断」とは

第5講 私たちの憲法”無感覚“――竹内好(よしみ)を手掛かりとして (王 欽)
「憲法”無感覚“」とはどういうことか/普通の人々が憲法に覚えた違和感/新安保条約締結に反発して辞職した竹内の意図/私たちはどのようにして憲法を自分のものとしていくか/憲法の普遍性はどこにあるか/「方法としてのアジア」を捉えなおす

第6講 清末中国のある思想家の憂鬱――章炳麟の「進化論」批判 (林 少陽)
章炳麟が掲げた「アジア主義」/「進化論」の何を批判したのか/善が進化すれば、悪もまた進化する/個人が「近代」から自由になるために/章炳麟の国家観/争いのない世界は訪れるか/章炳麟の議論から110年後の我々はどう考えるべきか

第7講 儒学から考える「悪」――香港そして被災地 (張 政遠)
「悪」を読み解く四つの視点/「価値問題」としての悪/「人性論」としての悪/「悪搞」としての悪/「原発問題」としての悪

第8講 民主主義という悪の閾── 「他者なき民主主義」とそのディレンマ (金 杭)
「政治における悪」とは何か/1980年代韓国の民主化運動と資本主義化の同時進行/民主化運動と「メシツブ」/藤田省三が指摘した現代の「安楽主義」/カール・シュミットが見抜いた民主主義に潜む排除の論理/南原繁と戦後日本の民主主義/「他者なき民主主義」に歯止めをかけられるか

第9講 地球上の生命と人類は30年後にどうなっているか (太田邦史)
「カーボンニュートラル」が見落としていること/地球の生命の歴史/ピンチをチャンスに変えてきた生物/人類は地球にとって「悪」である/人間の移動 (モビリティ) が与えた影響/30年後の「良いシナリオ」と「悪いシナリオ」/質疑応答からの抜粋

第10講 未来社会2050―― 学問を問う (佐藤麻貴)
未来予測は「誰」がするのか/未来を見据えるためには、過去を見返さなければならない/コンピュータは正確に未来を予測するか/「人口減少が問題」は本当なのか/AIの中では何が行われているか/未来予測とは何か/あるべき未来の姿を考えるシナリオ分析の手法/未来社会を見据えて、学問を問う/学生たちとのやりとり (抜粋)

第11講 知識史からみた学問の「悪」(ミハエル・ハチウス)
「学問」とは――知識史という観点から/学問の「善悪」をどのように考えればよいか/近世日本の「儒学的」知識観/「実学」という言葉の意味/明治維新後の「実学」観/むすび

第12講 たたかう「文」の共同体に向けて (石井 剛)
「システム的な悪」/「道」の内部から「道」をつくる/悪を克服するためにわたしたちはいかにして「行う」べきか?/政治の悪/人類活動自体の悪/「文」の場としての大学
 

関連情報

講義動画アーカイブ:
UTokyo OCW - 「30年後の世界へ——学問とその“悪”について」 (2021年)
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/course_11450/

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