東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

水彩のカラフルなドット模様

書籍名

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復

著者名

熊谷 晋一郎

判型など

270ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2020年7月15日

ISBN コード

9784000063371

出版社

岩波書店

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

当事者研究

英語版ページ指定

英語ページを見る

筆者は、脳性まひをもっており、電動車いすに乗って生活をしている小児科医であり、研究者である。筆者が生まれた 1970年代は、障害をもつ子どもが生まれると、早期に発見して濃厚な療育を行うことで、少しでも健常児に近づけることがよいことだとされていた時代だった。筆者も物心つく前から、1日約6時間の痛い訓練を毎日続けたが、結局、健常児に近づくことはなかった。
 
しかし 1980年代に入ると、障害についての世の中の考え方ががらりと変わった。従来、障害は本人の (精神機能や認知機能を含む) 心身に宿るものとされてきたが、それは間違いで、少数派の身体的特徴をもつ人々と、多数派向けにできた社会環境とのミスマッチを意味するものだと考えられるようになったのである。今日では、前者の古い考え方を「個人モデル」、後者の新しい考え方を「社会モデル」と呼ぶ。
 
建物や道具、制度だけでなく、言葉もまた多数派向けに出来ている。その結果、自分の経験やニーズを表す言葉が流通しておらず、孤立する人々も存在する。言葉がマジョリティ向けに出来ていることによる不公平な状況を、哲学者のミランダ・フリッカーは解釈的不正義と呼んだが、本書で紹介する当事者研究とはこの不正義に挑戦するべく、様々な名状しがたい困難を抱える当事者たちが、その困難を表現する言葉や理論を探究する取り組みとして、2001年移行、様々な現場で実践されている。
 
社会モデルの考え方は、自閉スペクトラム症 (Autism Spectrum Disorder: ASD) の当事者コミュニティにも、「神経多様性運動 (Neurodiversity Movement: NDM)」として 1990 年代以降広がっていった。かれらは、ASD などの神経学的差異は、ジェンダー、民族性、性的指向と同様に、多数派への適応を強要・強制されることなく社会的カテゴリーとして認識され尊重されるべきであると主張している。
 
本書では、社会モデルと当事者の視点からASD研究を行うために、筆者らが2007年以降行ってきたASDの当事者研究を例にして、当事者研究の歴史や理論、意義や実践、他領域の専門家との共同について紹介している。当事者研究という言葉を聞いたことはあるが、よくわからないと感じている人々、そして、解釈的不正義の是正や、神経多様性時代のASD研究に関心を持つ人々に、是非、手にとってもらえたらと思う。
 

(紹介文執筆者: バリアフリー支援室 / 先端科学技術研究センター 准教授 熊谷 晋一郎 / 2023)

本の目次

第1章 当事者研究の誕生
 1-1 当事者研究を生んだ二つの潮流――当事者運動と依存症自助グループ
 1-2 当事者運動――医学モデルから社会モデルへ
 1-3 当事者運動が見逃したもの――見えにくい障害と公的空間の重要性
 1-4 依存症自助グループ――言葉で公的空間を立ち上げる場所
 1-5 依存症自助グループが見逃したもの――私的空間の重要性と薬物依存症者
 
第2章 回復の再定義――回復とは発見である
 2-1 回復アプローチ
 2-2 当事者研究における回復像
 2-3 自己の物語の真理性
 
第3章 当事者研究の方法
 3-1 通状況的なパターンの抽出と物語の統合
 3-2 自己に関する知識と類似した他者の意義
 
第4章 発見――知識の共同創造
 4-1 ASDについての教科書的な説明
 4-2 ASDに関する当事者研究の背景と目的
 4-3 当事者研究と先行研究の統合から導かれるASDに関する仮説
 4-4 当事者研究から導かれた仮説の実証研究
 
第5章 回復と運動
 5-1 情報環境・物理的環境への挑戦
 5-2 人々の価値観や態度への挑戦
 5-3 医学モデルに基づく臨床研究への挑戦
 
終章 当事者研究は常に生まれ続け、皆にひらかれている
 
謝辞
 
参考文献

索引
 

関連情報

著者インタビュー:
Weekly Ochiai: 熊谷晋一郎 x 落合陽一 本当の「自立」の意味、知ってますか? (NEWSPICKS 2023年5月17日)
https://newspicks.com/live-movie/2608
 
UTokyo Future TV ~東大と世界のミライが見える~ Vol.5「東大のダイバーシティ&インクルージョン」 (東京大学基金 Giving to UTokyo | YouTube 2022年9月1日)
https://www.youtube.com/watch?v=Q6mYMzN3_v8
 
#専門家に聞く「当事者研究という学び方」 (Learning Design Lab 2022年6月27日)
https://learningdesignlab.jp/interview/870/
 
バリアフリー文化の醸成と行動変容を |ダイバーシティと東大 04|熊谷晋一郎准教授の巻 誰もが平等にアクセスできるキャンパス作り (東京大学ホームページ 2021年12月9日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00142.html
 
困りごとを抱えている当事者自身が専門家となり、問題を解消する。| UTOKYO VOICES 096 (東京大学ホームページ 2021年2月3日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/voices096.html
 
#8 インタビュー・前編: コロナ禍で失われてしまったこと (学生総合支援機構『コロナと障害学生』 2021年3月19日)
https://www.assdr.kyoto-u.ac.jp/heap/corona2020/contents/8/
 
#9 インタビュー・後編: 誰もが当事者として (『コロナと障害学生』 2021年3月19日)
https://www.assdr.kyoto-u.ac.jp/heap/corona2020/contents/9/
 
未踏の領野に挑む、知の開拓者たち vol.85「困難を抱える「当事者」が、生み出した新たな知や技術社会をよい方向へ変える「当事者研究」の可能性に迫る」 (国立大学附置研究所・センター会議 2020年11月24日)
http://shochou-kaigi.org/interview/interview_85/
 
当事者研究の意義—新型コロナの苦労を共有し、科学と社会をインクルーシブに (熊谷晋一郎 氏 / 東京大学先端科学技術研究センター准教授 / 医師) (Science Portal 2020年6月24日)
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/opinion/20200624_01/
 
書評:
田中夏子 (協同組合研究者) 評「言葉を取り戻しながら、社会の共同創造(Co-production)の担い手となるために」 (『にじ:協同組合経営研究誌』No.674 2020冬号 p.67-72 2020年)
https://www.japan.coop/wp/publication/8844
https://www.japan.coop/wp/wp-content/uploads/2021/01/niji674_10.pdf
 
西垣順子 評「文献探訪: 『当事者研究 : 等身大の<わたし>の発見と回復』:『生きづらいでしたか?: 私の苦労と付き合う当事者研究入門』」 (『大阪市立大学大学教育』18巻1号 p.90-93 2020年10月31日)
https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/il/meta_pub/detail
 
原田大介 評「当事者研究に残された課題」 (『週刊読書人』 2020年10月30日号)
https://dokushojin.net/
 
本田由紀 評「つらさ減らす希望の種ぎっしり」 (『朝日新聞』 2020年10月17日)
https://book.asahi.com/article/13832265
 
[読書]社会 熊谷晋一郎著 当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復 アナーキーな公共性見る (『沖縄タイムス』朝刊読書16面 2020年9月26日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/638162
 
関連記事:
特集 当事者視点の精神医学・精神医療に向けて―パラダイムシフト調査班報告―
当事者研究と研究の共同創造 (『精神経誌』第124巻 第9号p.623-629 2022年)
https://journal.jspn.or.jp/PastContent?mag=0&vol=124&year=2022&number=9
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1240090623.pdf
 
論文: 当事者研究の導入が職場に与える影響に関する研究
熊谷 晋一郎・喜多 ことこ・綾屋 紗月 (内閣府経済社会総合研究所『経済分析』第203号  2021年)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun203/bun203c.pdf
 
講義・セミナー:
包摂的な職場つくりについて ~当事者研究の視点から~ (東大Week@Marunouchi 2023年8月10日)
https://todaiweek-marunouchi.jp/
 
第1回 10月06日 熊谷晋一郎
当事者研究ー固有の〈わたし〉を探求する (東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 | LAP - UTokyo Liberal Arts Programリベラルアーツ・プログラム 2021年10月22日)
http://www.lap.c.u-tokyo.ac.jp/ja/theme_lectures/face_to_face/211006/
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています