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困りごとを抱えている当事者自身が専門家となり、問題を解消する。| UTOKYO VOICES 096

掲載日:2021年2月3日

UTOKYO VOICES 096 - 先端科学技術研究センター 当事者研究分野 准教授 熊谷晋一郞

先端科学技術研究センター 当事者研究分野 准教授 熊谷晋一郞

困りごとを抱えている当事者自身が専門家となり、問題を解消する

生まれつき脳性麻痺の熊谷の幼少期は、 孤軍奮闘の思い出でいっぱいだ。「毎日5~6時間、強い痛みを伴うリハビリ以外は、食べて、寝てという暮らしで、友達と遊ぶことはあまりできませんでした」と、振り返る。一方で不自由な身体だからこそ、一人机上で想像力を駆使して絵を描くことと、算数の世界に夢中になった。中高生の頃からは数学者に憧れるようになる。そんな少年が現在の研究の道に至るまでには、いくつかの転機があった。

熊谷が生まれた1970年代は早期からの濃厚なリハビリで脳性麻痺者の運動機能は90%の確率で回復すると思われていたが、80年代には一転、それほどの効果はないことがわかった。それは熊谷にとって絶望ではなく、過酷なリハビリ生活からの解放を意味していた。これが第一の転機となったのだ。

そして中学の頃に触れた「障害は自分の皮膚の外側にある。身体に障害があるのではなく社会環境に障害がある」という障害者運動の言葉に勇気づけられた。「自分の障害は治らなくていいんだというパラダイム転換が起こり、ようやく生きのびられる思いがしました」。

第二の転機は、障害者の先輩が不特定多数の人にサポートしてもらいながら人生を謳歌している姿を目にしたことだ。「希望が生まれ、目標ができました。自分も早く親の庇護から解放されたいと思い、山口の実家から遠く離れた東大の理1に入学しました」。そうして駒場のアパートで一人暮らしを始めたのが、第三の転機だ。

「終電を逃してアパートを訪ねてきた同級生に、『泊まらせてあげるから風呂に入れて』という具合に頼んでいたら、いつの間にかサポートチームが出来上がりました。人と触れ合うのがあまりに楽しくて、数学ではなく人や社会と関わりたいと思うようになり、同時に今までの蓄積を生かせる医学の道に進むことにしたんです」

そして第四の転機は、大学院生の時に「当事者研究」に出会ったこと。精神障害者のコミュニティで誕生した活動で、障害のある本人が専門家となって、誰も理解しえなかった自己の苦労を分析し、研究するという取り組みだ。その後、小児科医として自閉スペクトラム症者の主観的経験に寄り添ったサポートを行うなど、当事者研究で得られた知見が医療の質の向上にもつながることを実感していった。

これまでの医療やリハビリは当事者の身体を「変える」取り組みだったが、まずはありのままを「知る」こと、そして知ったことを人々と「共有する」ことが、この研究の基本だという。「当事者研究とは、誰にも言えない困りごとを抱えている自分自身が、その困りごとの専門家となり、類似した困りごとを持つ仲間や他の専門家と協力して研究することです」。

大学に戻った熊谷は、発達障害や依存症のある人々、アスリートら、広範にわたる当事者研究を展開。さらに、一人ひとりが抱えている内側の体験が、思い込みではなく実際に起こっているのか、他者にも当てはまるのかなどを、科学的に分析している。

そして来年度からは、障害の有無を超えて苦労を抱える人々を広く当事者と捉え、様々な組織に当事者研究を実装するためのプロジェクトをスタートさせる。実装の対象には、大学も含む予定だ。

そうして「障害のあるなしに関わらず、大学の多様な構成員が当事者研究をはじめることで、困ったときに助けてと言いやすい文化が大学に実現され、多様な構成員が共同することでより豊かな知を生み出すことにもつながるのではないか」と期待している。

写真:電動車椅子

Memento

中学1年で初めて車椅子に“乗車”して以来、車椅子は片時も離せない大切な相棒となった。寝る時間も少ない小児科医時代に、背もたれが倒れて仮眠できる電動車椅子『Storm』に乗り替えた。この11月には4代目が納車され、高機能になった“新車”の慣らし運転中だ。

Message

Maxim

当事者研究によって、小児科医としての問診内容は外から目線ではなく、自閉スペクトラム症者の内面に沿ったものに変わった。「壁から跳ね返ってくる音うるさくない?」等と呼びかけることで、相手との間に信頼感が一瞬で芽生えることがある。これこそが「生きのびるための知」だと考えている。

Profile
熊谷晋一郞(くまがや・しんいちろう)

2001年東京大学医学部医学科卒業、同年 5月同大医学部附属病院小児科研修医、2002年千葉西総合病院小児科勤務医、2004年埼玉医科大学病院小児心臓科病棟助手、2009年東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻博士課程単位取得退学、先端科学技術研究センター特任講師、2014年大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士号(学術)取得、2015年先端科学技術研究センター准教授。主な著書に『リハビリの夜』(医学書院、2009年)、『みんなの当事者研究』(編著、金剛出版、2017年)、『当事者研究と専門知』(編著、金剛出版、2018年)、『当事者研究をはじめよう』(編著、金剛出版、2019年)、『当事者研究―等身大の<わたし>の発見と回復』(岩波書店、2020年)など。

取材日: 2020年11月10日
取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬

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