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ライムグリーンの表紙

書籍名

東京大学東洋文化研究所報告 明清江南社會文化史研究

著者名

大木 康

判型など

788ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年9月29日

ISBN コード

9784762966675

出版社

汲古書院

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明清江南社會文化史研究

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わたしが中国文学と出会い、なかでも明末の蘇州で活躍した文学者馮夢龍と出会った因縁、そしてその馮夢龍を中心にこれまで読書を続けてきたことについては、このBiblioPlazaで、前著『馮夢龍と明末俗文学』について紹介させていただいたところで記した。合わせてご覧いただければ幸いである。
 
中国の明末は、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』などの白話小説や、『牡丹亭還魂記』ほかの戯曲など、通俗的な文学が盛んに行われるようになった時代である。馮夢龍は、この時代の「通俗文学の旗手」と称され、短篇白話小説集「三言」や蘇州の民間歌謡集『山歌』、笑話集『笑府』などで知られる人物であり、当時の俗文学の隆盛の状況、その背景をさぐるためには、欠かすことのできない重要人物である。この馮夢龍その人については、前著『馮夢龍と明末俗文学』でまとめてみた。
 
文学作品、あるいは文学者を理解するためには、当該の作品、当該の人物だけを見ていたのでは、その姿を正しく理解することは不可能である。例えば馮夢龍は、多くの書物の編集出版に関わっていた。その馮夢龍の出版活動の意味を知るためには、明末の出版全体を視野に入れなければ、その位置づけをさぐることはできない。馮夢龍のさまざまな活動を理解するために、いくつかのテーマを準備してきた。
 
この『明清江南社会文化史研究』では、馮夢龍理解のために準備したいくつかのテーマに沿って、直接には馮夢龍に関わらない論考を集めた。そのテーマとは、俗文学、文人、科挙、書物の四つである。
 
俗文学についてでは、『金瓶梅』の作者をめぐる伝説、当時多くあらわれた僧侶の悪行を扱った小説、民間の長編物語歌謡『紅娘子』について、また当時の小説のなかにしばしば用いられる俗曲「西江月」について、そして中国の俗文学と日本の江戸時代のそれとの関係など。
 
文人の項では、陳継儒、銭謙益、冒襄、侯涵その他について。科挙の項では、明清の科挙で重要であった八股文について、さらに科挙と実利について述べた宋真宗の「勧学文」について。書物についてでは、明清の書物を中心に、鈔本について、書物の流通について、絵本についてなどの各項目についての論考を収めている。
 
明清両代、とりわけ明末から清初に至る時期、南京、蘇州、杭州、揚州などの都市を擁する江南地方では、経済的な活況を背景に、文化の花が咲き誇った。通俗文学ばかりでなく、伝統的詩文、書画や庭園などの藝術、優雅な文人趣味の世界など、明末時期の江南には、多くの文学者、藝術家があらわれ、活躍している。かくのごとき綾錦のような世界が、明王朝の滅亡、続く清軍の南下によって、たちまち修羅場と化すことになり、当時の知識人たちは過酷な運命にさらされることになる。こうした人間模様が見られるのも、この時代ならではのことである。本小著が、こうした明清時代の時代の様相を浮き彫りにする助けとなれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 大木 康 / 2021)

本の目次

はじめに

第一部 俗文學をめぐって

第一章 嚴嵩父子とその周邊――王世貞、『金瓶梅』その他 
第二章 明末惡僧小説初探
第三章 中國民間の語りもの『紅娘子』について      
第四章 明清小説の中の俗曲「西江月」
第五章 晝像資料から考える中國明清の歌唱文化
第六章 明清文學における道教・神仙思想に關する覺え書き 
第七章 十六、十七世紀 世界の文學
第八章 日本江戸時代の「洒落本」と中國文學

第二部 文人をめぐって
〔陳繼儒〕

第九章 山人陳繼儒とその出版活動    
第十章 蔣士銓『臨川夢』の中の湯顯祖と江南文人
〔錢謙益〕
第十一章 錢謙益と程嘉燧
〔冒襄〕
第十二章 冒襄における杜詩       
第十三章 彭劍南の戯曲『影梅庵』『香畹樓』とその時代
〔侯涵〕
第十四章 侯涵の生涯――生き殘った者の辛苦
〔その他〕
第十五章 文人趣味の教科書       
第十六章 明清文人たちの樂園――江南の園林

第三部 科擧をめぐって

第十七章 明清時代の科擧と文學――八股文をめぐって
第十八章 宋眞宗の「勸學文」について

第四部 書物をめぐって

第十九章 明清兩代における鈔本     
第二十章 明清における書籍の流通
第二十一章 線装本の普及とその背景   
第二十二章 明末における「畫本」の隆盛とその市場
第二十三章 中國の博物誌・百科事典   
第二十四章 江戸と明の小説と圖像をめぐって
第二十五章 作者の肖像――東アジア圖書史の一斷面
あとがき/索引(人名・書名作品名)/英文目次/中文目次
 

関連情報

著者インタビュー:
夢は世界史の教科書に馮夢龍の名が載ることー 東大随一の蔵書家・大木康教授インタビュー (東大新聞オンライン 2024年1月17日)
https://www.todaishimbun.org/kyojyuhondana_20240117

自著解説:
著者からの紹介 (東洋文化研究所ホームページ 2020年10月21日)
https://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=TueOct200514402020

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