東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

薄ライムグリーンの表紙

書籍名

馮夢龍と明末俗文学

著者名

大木 康

判型など

572ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年1月25日

ISBN コード

9784762966095

出版社

汲古書院

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馮夢龍と明末俗文学

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もともと中国の文化に興味があり、大学に入学すると迷いなく中国語のクラスに進んだ。大学一年の後期、当時東大教養学部の中国語を担当されていた伊藤敬一先生が開設されていた明代の短篇白話小説「売油郎独占花魁」を読む全学ゼミに参加した。この時読んだ「売油郎独占花魁」という作品に魅せられ、中国の文学、なかでもこの作品が生まれた明末の時代、そしてこの作品が収められた「三言」(『古今小説』=『喩世明言』、『警世通言』、『醒世恒言』)の編者である馮夢龍という人に深い関心を持った。その後、文学部の中国文学科に進み、学部の卒業論文、修士論文、そして博士論文(本欄でも紹介した『馮夢龍『山歌』の研究』)に至るまで、ずっとこの人とその作品を読んできた。
 
中国文学史における明末、そして馮夢龍を研究する意義といったことは、別に『馮夢龍『山歌』の研究』のところで述べたので、そちらをご覧いただきたいが、明末の蘇州に生きた馮夢龍という人が、わたしの明末研究、中国文学研究の「基地」となったのである。
 
1993年に上海古籍出版社から刊行された影印版の『馮夢龍全集』は、全42冊の大部なものであり、その著作は中国の伝統的な図書分類法である経、史、子、集の四部全体をおおっている。この人自身がおもしろく、この人の著作がおもしろく、またこの人の活動を通して見る明末という時代がおもしろく、馮夢龍に出会ってから、あっという間に四十年以上の年月が経ってしまったのであった。
 
馮夢龍は多くの本を出版している。その活動を理解するために明末の書籍出版全体の研究が必要になり、『明末江南の出版文化』の著書となる出版文化の研究がはじまった。研究は、1991年に広島大学文学部紀要の特輯号として単行され、後に研文出版から刊行された。また「売油郎独占花魁」をはじめとして、馮夢龍作品には妓女が数多く登場する。これを見るために明末の妓楼文化全体の研究である『中国遊里空間 明末秦淮妓女の世界』(青土社 2002)、『蘇州花街散歩 山塘街の物語』(汲古書院 2017)が生まれた。妓女研究の付録として、明末清初の文人冒襄と、冒襄が、もと妓女であり、後にその側室となった董小宛の思い出をつづった『影梅庵憶語』の研究も生まれた(汲古書院 2010)。これらすべて、馮夢龍から出発し、馮夢龍をその時代の中に位置づけるための研究であった。馮夢龍という研究対象にめぐりあい、さまざまな方向の研究ができたことは幸運であった。
 
ここに紹介する本書は、これまで筆者が書いてきた馮夢龍と明末俗文学に関する論考を集めた論集である。第一部は馮夢龍その人について。第二部はその作品について。第三部は、馮夢龍をとりまく文化的な環境についての論である。馮夢龍については、まだまだ論じていないテーマは山ほどあり、生ある限りつきあってゆくつもりであるが、まずは研究の一里塚として、いまの段階でまとめてみたのが本書である。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 大木 康 / 2018)

本の目次

第一部 馮夢龍人物考
第一章 馮夢龍傳略
  第一節 萬曆年閒
  第二節 泰昌・天啓年閒
  第三節 崇禎年閒以後
第二章 馮夢龍人物評考
  第一節 馮夢龍を詠じた三首の詩
  第二節 畸人
  第三節 多聞・博物
  第四節 情癡
  第五節 政簡刑淸
  第六節 文苑之滑稽
第三章 前近代における馮夢龍の讀者とその評價
  第一節 「三言」
  第二節 「智囊」と「古今譚槪」
  第三節 史部書
  第四節 經部書
  第五節 その他

第二部 馮夢龍作品考
第一章 「三言」の編纂意圖――特に勸善懲惡の意義をめぐって――
  第一節 馮夢龍の位置
  第二節 馮夢龍による書きかえ
  第三節 「三言」の倫理性
  第四節 勸善懲惡の意義
  第五節 「三言」序の問題
第二章 「三言」の編纂意圖(續)――「眞情」より見た一側面――
  第一節 問題の絲口――「精華」と「糟粕」――
  第二節 假說の檢證(イ)戀愛に關する話
  (a)幽靈・妖怪(b)私奔(c)貞節(ロ)友に關する話
第三章 『古今小說』卷一「蔣興哥重會珍珠衫」について
  第一節 因果應報のコード
  第二節 人閒心理への興味
  第三節 原據からの視點
  第四節 商人小說として
  第五節 もう一つの深層
第四章 馮夢龍「三言」から上田秋成『雨月物語』へ――語り物と讀み物をめぐって――
  第一節 中國白話小說の形式的特徴
  第二節 語りの內在的特徴
  第三節 怪談か愛情か
第五章 馮夢龍「三言」の中の「世界」
  第一節 蒙古・女眞(滿洲)・雲貴・西域等
  第二節 日本
  第三節 インド
  第四節 東南アジア・西アジア
第六章 馮夢龍「敍山歌」考――詩經學と民閒歌謠――
  第一節 馮夢龍の「敍山歌」
  第二節 朱子以前の詩經觀
  第三節 朱子の詩經觀
  第四節 元人の詩經觀
  第五節 明初の詩經觀
  第六節 弘正・嘉萬における詩經觀
  第七節 民閒歌謠採集の先驅
第七章 俗曲集『掛枝兒』について
  第一節「掛枝兒」の槪要
  第二節 馮夢龍『掛枝兒』の版本
  第三節 馮夢龍の『掛枝兒』について
  (1)『掛枝兒』の構成(2)『掛枝兒』の性格
第八章 馮夢龍の批評形式
  第一節 馮夢龍の著作の評點形式
  第二節 馮夢龍の評點の傾向
  (1)評點を施した書物と施さない書物(2)題上の圈點(3)標抹について
  第三節 時期による變化
第九章 馮夢龍と音樂
  第一節 馮夢龍の『山歌』編纂
  第二節 馮夢龍の『掛枝兒』編纂
  第三節 馮夢龍と散曲/
  第四節 馮夢龍と戲曲
第十章 馮夢龍と妓女
  第一節 馮夢龍の白話小說中の妓女
  第二節 馮夢龍の散文中の妓女
  第三節 馮夢龍の詞曲の妓女

第三部 馮夢龍と俗文學をめぐる環境
第一章 明末における白話小說の作者と讀者――磯部彰氏の所說に寄せて――
  第一節 磯部氏の所論とその問題點
  第二節 「三言」の編者馮夢龍その人
  第三節 白話小說の讀者について
  第四節 白話小說の作者について
  第五節 生員について
第二章 通俗文藝と知識人――中國文學の表と裏――
  第一節 小說をめぐって
  第二節 知識人と通俗文學/結びにかえて――中國文學における表と裏――
第三章 明末士大夫による「民衆の發見」と「白話」
  第一節 白話とは何か
  第二節 なぜ「白話」か? 上から下へ
  第三節 なぜ「白話」か? 下から上へ
第四章 藝能史から見た中國都市と農村の交流――ひとつの試論――
  第一節 『盛世滋生圖』に見える藝能
  第二節 蘇州の藝能
  (1)山歌・俗曲(2)語り物藝能(3)祭りの藝能(4)演劇
  第三節 藝能の歷史的展開
  第四節 藝能における中央と地方
第五章 庶民文化・民衆文化
  はじめに――「庶民」か「民衆」か――
  第一節 「庶民文化」へのまなざし
  第二節 「白話=庶民」の檢討――方言への關心――
  第三節 「庶民」の細分
第六章 中國小說史の一構想――陳平原氏の『中國小說敍事模式的轉變』に寄せて――
  第一節 張恨水の『啼笑因緣』から
  第二節 巴金・趙樹理
  第三節 小說史の社會構造
附錄 書評紹介二篇
Antoinet Schimmelpenninck
Chinese Folk Songs and Folk Singers――Shan'ge Tradition in Southern Jiangsu
David Johnson,AndrewJ.Nathan,Evelyn S.Rawski 編
Popular Culture in Late Imperial China
あとがき  索引(人名・書名作品名)  英文目次  中文目次
 

関連情報

著者インタビュー:
夢は世界史の教科書に馮夢龍の名が載ることー 東大随一の蔵書家・大木康教授インタビュー (東大新聞オンライン 2024年1月17日)
https://www.todaishimbun.org/kyojyuhondana_20240117

書籍紹介:
著者からの紹介 大木康 著 『馮夢龍と明末俗文學』汲古書院 (東洋文化研究所ホームページ)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/pub1801_oki.html
 

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