松江市ふるさと文庫26 荘園のしくみと暮らし 松江の中世を探る
この本は、島根県の県庁所在地である松江市の刊行する「松江市ふるさと文庫」シリーズの26冊目にあたる。「松江市ふるさと文庫」は「平成の大合併」により、2005年に新しい松江市が誕生したことをきっかけに創刊され、松江市域に残る先人のあゆみや自然環境などを、さまざまなテーマで、わかりやすく市民に紹介することを目指している。
この本は、1607年に城下町・松江の建設が始まってから400年を記念する事業の一環として開始された『松江市史』の執筆に参加した経験と成果に基づいて執筆したもので、日本史の教科書には必ず登場する「荘園」のしくみと、そこでの人々の暮らしについて解説したものである。
荘園は、一般的には貴族や寺社による私的な土地所有のあり方として説明されるが、そのしくみは現在の私たちにとっては複雑で、授業でも教えにくいという話がしばしば聞かれる。この本では、荘園のしくみと、そこでの人々の暮らしについて、荘園制のしくみがもっともよく機能していたと考えられている、中世の前半、院政期から鎌倉時代にかけての、松江市域の事例を中心にわかりやすく叙述することを目指した。
第一章では、中世の荘園の特徴と、当時の社会全体のしくみの中で果たした役割について述べた。また、近年、研究が大きく進展した、荘園がどのようにして成立するか、について説明した。
第二章では、松江市域にあった持田荘という荘園を素材に、荘園のしくみや、その経営に関与するさまざまな人々の地位や相互の関係を説明した。
第三章では、荘園に暮らす人々の衣食住や、さまざまな生産活動・経済活動のあり方を述べた。特に、宍道湖・中海という内水面が存在する松江市域の特徴的な自然環境の中での漁業や莚の生産について詳しく述べた。また、松江市域以外の事例も含めて、当時の人々の暮らしをなるべく具体的な事例によって説明している。
第四章では、これも日本史の教科書には必ず登場する「下地中分」について、松江市域にあった法喜荘を素材に説明した。貴族や寺社といった荘園領主と、鎌倉幕府が任命した地頭とが荘園を分割する下地中分は、どのようにして行われたのか、なぜ行われなければならなかったのか、下地中分によって荘園のしくみはどのように変化したのかを、詳しく述べている。
この本では、荘園のしくみと、そこでの人々の暮らしについて、なるべく具体的なイメージを持ってもらうことを目指し、図や写真を数多く掲載し、当時の古文書も書き下し文にしていくつか掲載している。この本をきっかけに、自分たちが暮らす地域や、そこで暮らした過去の人々のあり方について、興味をもってもらえれば、とてもうれしい。
(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 西田 友広 / 2021)
本の目次
第1章 荘園制の成立
1 荘園と公領
2 出雲国の荘園と公領
3 中世以前の荘園
4 中世の荘園の成立
5 立荘の背景としての人脈―上野国新田荘―
6 立荘の手続―紀伊国神野真国荘―
7 鎌倉幕府の成立と地頭
8 公領の状況
第2章 出雲国持田荘の構造
1 持田荘の2通の文書
2 持田荘の寺社
3 持田荘の田
4 持田荘の年貢
5 持田荘の公事
6 持田荘の名
7 持田荘に関わる人々
第3章 荘園の暮らし
1 荘園の衣食住
(1)中世の衣服(2)中世の食事(3)中世の住居
2 中世の農業
(1)多様な農業(2)水田での二毛作(3)休耕地の存在(4)肥料の使用(5)畠作と果樹(6)飢饉の惨禍
3 「筌」による漁業
(1)自然条件としての内水面(2)「筌」をめぐる鎌倉幕府の判決(3)白潟の「筌」(4)さまざまな「筌」(5)『出雲国風土記』の「筌」(6)中世の朝酌の「筌」
4 浦のくらし
(1)松江市域の浦(2)浦での生業
5 莚の生産
(1)年貢としての莚(2)特産品としての出雲莚(3)莚の作製(4)莚の素材
6 市場と流通
(1)描かれた鎌倉時代の市場(2)市場の風景(3)市場の支配・管理(4)出雲国の市場(5)陸上交通
(6)海上交通(7)湖上交通(8)中世の船(9)銭の使用
第4章 出雲国法喜荘の下地中分
1 荘園をめぐる紛争
2 法喜荘の下地中分に関する文書
3 応長元年(1311)前後の法喜荘
4 訴訟の流れ
5 下地中分の具体像
6 下地中分の意義
7 地頭請という解決方法
おわりに