社会の解読力〈文化編〉 生成する文化からの反照
本書は2022年3月に定年退職された佐藤健二教授 (現・名誉教授) の退職記念論文として編集されたものです。19世紀末に専門科学として確立して以来、社会学は何を研究の対象とするのか、そしてその対象をどのように研究するのか、という二重の課題を抱えてきました。それは、社会学が対象とする「社会」の輪郭とイメージが、政治、経済、思想、文学、言語などとは異なり、時代と場所に応じて大きく変化し、明確な像を結ばないことに由来しています。社会学 (sociology) は、文字通り理解すれば、「社会 (socio)」に関する「学問 (-ology)」ですが、その研究対象である「社会」そのものが謎に満ちた存在なのです。
「序に代えて」では、佐藤教授が本書のタイトル「社会の解読力」と関連付けながら、こうした社会学の二重性について論じています。第一に、「社会の解読力」には、社会学者が社会を「対象」として社会を究明するという意味が込められています。具体的には、社会を事物 (もの)、集合、機構、場、ゲームとして取り出し、それが生成するメカニズムを具体的に解明していきます。第二に、社会を認識手段、すなわち「方法」として用いて、さまざまな現象を解明するという意味もあります。つまり、私たちの日常的な経験や社会現象を「社会」、すなわち事物、集合、機構、場、ゲームという、社会を意味する概念・理論を使って取り出し、実証的に探求していくのです。冒頭で論じた二重の問いに対応させるなら、前者が「対象としての社会」、後者が「方法としての社会」にあたるでしょう。
本書『社会の解読力〈文化編〉』は、もう一つの記念論文集『社会の解読力〈歴史編〉』の姉妹本になっています。社会学は、その対象の名前を冠にしたさまざまな連字符社会学の集合から成り立っています。たとえば、家族を対象とする家族社会学、産業を論じる産業社会学、都市を研究する都市社会学です。こうした分類の仕方を当てはめると、本書は文化社会学という領域に属していると言えるでしょう。ただし、本書の目次に表れているように、文化という対象も実に多様です。そして、社会学として文化を論じる際には、文化とは何か (対象の問題)、そしてそれをどのような手段で分析するのか (方法の問題) が鋭く問われます。本書の中でも、個々の文化現象を論じる中で、それぞれの研究者がその都度、対象となる個々の現象の正体はいったい何なのか、そしてそれはどのように論じられるべきなのか、という問題に取り組んでいます。
再度、目次を見てみてください。身体、歌劇、メディア、映画、運動、思想・学説など、実にさまざまな現象が論じられています。本書を紐解くことによって、こうした個別の文化現象の意味、そしてそれが社会の中で、どのような性質を帯びるのか、が明らかになります。さまざまな個別の現象を理解し、そのことを通して社会の多様性と広がりを再認識することが社会学の目的であり、それを形にしたのが本書の魅力です。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 出口 剛司 / 2023)
本の目次
凡例
第1章 振る舞いの近代――背負うという身振りの消失 中筋由紀子
1 背負うという身振りと日本文化
2 身体技法の型
3 背負うという人との関わり
4 負い目をおって生きる
5 背負うという身振りの消失
6 身体技法の近代――選択可能なものとしての身振り
7 自己表現としての近代の身体技法
8 近代の身体技法の孤独と競争
9 終わりにかえて
第2章 宝塚少女歌劇と日本におけるオペラの模索 宮本直美
1 宝塚少女歌劇の始まり――唱歌から歌劇へ
2 宝塚音楽学校と小林の「国民劇」構想
3 オペラの模索
4 実験としての少女歌劇
5 オペラ上演における宝塚少女歌劇の意義
第3章 待つこととメディア――メディアと日常性の再考に向けて 光岡寿郎
1 待つことへの回帰
2 待つことを対象化する
3 待つこととメディア
4 待つことと日常性――無駄の研究としてのメディア研究
第4章 国策映画と動員政治
―― 一九七〇年代韓国における映画統制と生徒の映画団体観覧 鄭 仁善
1 序論
2 少年者の映画観覧――国策映画と団体観覧の同盟
3 映画行政の混乱期と目的を失った生徒団体観覧
4 不完全な資源掌握と「安保映画」――国策と利潤の拮抗
5 映画国策化と挫折した団体観覧の制度化
6 国家主義に包摂されない実践としての団体観覧
7 まとめ
第5章 NPOの歴史的位置
――NPO法制定・改正過程における主体性の変遷に着目して 原田 峻
1 はじめに――NPOと段階論批判
2 佐藤健二の歴史社会学とNPO
3 NPO法で規定された主体性の七つの特質
4 NPO法改正過程における、市民・情報公開・活動分野をめぐるせめぎ合い
5 おわりに――NPO法という未完のプロジェクト
第6章 栗原彬における言語政治学の構想
――啓蒙的理性からコミュニカティヴな民衆理性へ 出口剛司
1 問題の所在
2 言語政治学の構想と構造
3 管理社会のメカニズム
4 コミュニカティヴな民衆理性へ
第7章 方法としての社会運動論
――佐藤健二の「社会運動研究における「大衆運動」モデル再検討の射程」から
富永京子
1 はじめに
2 佐藤の指摘する大衆運動論・集合行動論の二側面
3 佐藤の提示する「方法的」社会運動論
第8章 尾高邦雄はなぜ職業社会学を維持できなかったか
――もうひとつの職業概念に向けて 武岡 暢
1 本稿の目的と背景
2 『職業社会学』で提示された構想
3 構想と実践の分岐
4 画期としての調査?
第9章 災害社会学の方法史的検討
――山口弥一郎の『津波と村』を事例にして 三浦倫平
1 はじめに
2 日本の災害社会学研究の特質
3 日本の災害社会学の歴史的整理
4 山口の歩みと構想
5 結論
第10章 地方都市社会論の構築に向けて
――「伝統消費型都市」概念再考 武田俊輔
1 はじめに――地方都市社会研究の空白
2 「伝統消費型都市」類型と「聚落的家連合」論
――都市社会学の失われた分析枠組み
3 全体的相互給付関係を維持させるメカニズム
4 社会的ネットワーク拡大の駆動因としての全体的相互給付関係
5 おわりに――地方都市社会論の構築に向けて
あとがき 出口剛司・武田俊輔
索引