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トランクケースに小物が入った白い表紙

書籍名

文化資源学講義

著者名

佐藤 健二

判型など

308ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年9月19日

ISBN コード

978-4-13-050195-8

出版社

東京大学出版会

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文化資源学講義

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「文化資源学」は、2000年に人文社会系研究科に新しく設置された専門分野に付けられた、学問の名前である。その方法と可能性について、創成の時期から関わった著者が、振り返って論じた。あるべきディシプリンを理念的・一般的に論ずるより、具体的な主題と素材をもって、対象を分析するという実践を通じてその特質を提示したほうがわかりやすいだろうと、集中講義とレポート作成をイメージしてまとめた。
 
冒頭の「文化とはなにか」、「資源とはなにか」、「情報とはなにか」という三つの章は、いわば基礎理論で、入門・導入の位置づけにある。文化も資源も情報も、ふつうに耳にする用語であるがゆえに、なんとなくわかったようでいて、考え始めると、その意味の漠然にとまどう。と同時に、定義が曖昧で幅広いかのように見えながら、考え方を方向づけるさまざまな思いこみが刻印されている。たとえば、文化は価値あるなにかと思われているが、本当にそう理解することを疑わなくていいのか。「Culture=文化」という翻訳の自明性が、見えなくしてしまっているものはなにか。「資源」と「資本」は、ものの見方がどう異なるのか。ことばの内に潜む、さまざまな呪縛に光があてられ、思いこみの拘束を相対化し、概念が担ってきた歴史性や公共性の復活を試みている。そうした作業を通じて、文化資源学という学問を支える思考の動きを描き出すことが、第一部の主題である。
 
第二部は、具体的な事物を対象としながら、その物体やできごとから、いかなる主題の文化分析が立ち上げられるかを問うている。そうした研究を可能にするさまざまな実践と方法について、実際に取り上げているという意味において、演習・実習のような位置づけにある。具体的には、「新聞錦絵」「戦争錦絵」「絵葉書」のような画像情報を含む事物から、「新聞文学」という忘れられたジャンル、「万年筆」という近代の新たな筆記具、さらに方法としての「フィールドワーク」と、「実業」という概念の誕生を通じた近代における職業のとらえ方の変化などを論じている。実習を貫いているモティーフは、事物の存在形態それ自体が構成している意味の解読であり、そこを主題化するための方法的な枠組みの構想である。
 
最後の第三部は「特別講義」に位置づけているが、内容的には「卒業論文」をレベルの事例研究をイメージしたもので、「関東大震災における流言蜚語」を取り上げている。以前に『流言蜚語』(有信堂高文社、1995) で、更なる検討の課題として挙げておいたことに改めて取り組み、いくつかのオリジナルな発見も含まれる。各地域の警察署の資料や、調書をもとに作られた情報の再構成から、大都市東京における流言の増殖と昂進のメカニズムを浮かび上がらせようとした手法は、現代社会の情報空間の分析にも示唆を与えうるものだと思う。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 佐藤 健二 / 2020)

本の目次

第1部 基礎理論編
第1章 文化とはなにか
第2章 資源とはなにか
第3章 情報とはなにか
 
第2部 演習・実習編
第4章 新聞錦絵――メディアの存在形態を考える
第5章 戦争錦絵――想像されたできごととしての戦争
第6章 絵はがき――視覚メディアのなかの人類学
第7章 観光の誕生――絵はがきからの暗示
第8章 新聞文学――新聞と文学との出会い
第9章 万年筆を考える――筆記用具の離陸
第10章 フィールドワークとしての遠足――北村大沢楽隊
第11章 実業――渋沢栄一と渋沢敬三
 
第3部 特別講義
第12章 関東大震災における流言蜚語
 

関連情報

書評:
井川充雄 (立教大学社会学部教授) 評 (『社会学評論』VOL.70,No.4 / 2020年3月)
福島 勲 (早稲田大学准教授) 評 (『週刊読書人』2019年4月5日号)

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