プロ野球「熱狂」のメカニズム ファン行動とマネジメントの計算社会科学
熱狂は、そこかしこに見られる、意外にも身近なものである。例えば、鬼滅の刃ブームやトランプのフェイクニュース現象、ビジネスの現場でよく言われるエンゲージメントとバーンアウト、アップルなどの強いブランドの信者など、枚挙にいとまがない。このことは、「熱狂」が、様々な社会現象の根底にある共通のメカニズムを領域横断的に探るという魅力的なテーマであることも示している。
本書は、その端緒として、日本のプロ野球における「熱狂」現象を様々な角度から分析したものである。特に、ウェブ上での比較的大規模な実験、大量のソーシャルメディアデータの解析、エージェントベース・シミュレーションによる研究をおこなっている点に特徴がある。これら3つの方法論を活用する人間・社会に関する定量的研究は近年「計算社会科学」と呼ばれ注目を集めている。
第1章では、社会心理学の観点から、集団としてのファンが「内集団ひいき」と呼ばれる行動特性を持つことが周到に設計された実験で示される。ファン集団が内集団ひいきの傾向を持ち、球団との同一化を強めることを、熱狂の心理的基盤としてまず理解しておきたい。
第2章では、ツイッターのビッグデータを用いて、熱狂の発生と拡散のリアルタイム性や動的側面に焦点を当てる。試合が接戦になるほどツイートが短くなることや、試合中に生じるバーストがファンのポジティブな共感と関係していることが示される。また、熱狂にともなうツイートの拡散には、公式アカウントが中心となるトップダウン型と熱狂的なファンによるボトムアップ型があることを紹介する。
第3章では、前章で用いられたデータが別の角度から分析される。ツイートから感情語辞書を用いてファンのポティティブ / ネガティブな感情を測定し、さらにツイートの頻度や用いられた単語数を含めてファンの熱狂度合いを表す指標が検討される。そして分析の結果、貯金の蓄積に加え、直近の試合に勝つことが熱狂を加速させることが示される。
第4章では、ファンの熱狂が生みだされる要因を探った先行研究を、チームの競技力、魅力的な選手の存在、ファンのサービス経験、ファン同士の相互作用、戦力均衡バランスという論点にしたがって整理する。さらにファンの熱狂がファンの消費活動、判断バイアスと暴力性、幸福感にどのような影響を与えるかに関する研究が紹介される。
第5章では、ファンの熱狂がチームの強さに起因することを踏まえ、最強のチームを作るにはどうすればいいのかをエージェントベース・シミュレーションで検討する。その結果はセ・リーグの選手データによって確かめられ、若い選手が多くても一定期間固定したメンバーで戦うことでチームの熟練度を高めれば、非常に高い成績を残せる可能性があることが明らかにされる。一方で、その場合には、メンバーが歳をとるともに一気に成績を落としてしまう可能性も示唆されており、チームづくりについて考える題材が提供される。
さまざまな熱狂現象に関心のある方は、領域・分野を超えて、ぜひ本書を手に取ってほしい。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 准教授 稲水 伸行 / 2022)
本の目次
――ファンと助け合いの社会心理学 (中川裕美・中西大輔)
第2章 バースト現象としての集団的熱狂
――いかに起こり、どのように拡散されるのか (笹原和俊)
第3章 集団の感情と持続的な熱狂
――どう変わっていくのか (佐野幸恵・水野誠)
第4章 熱狂を生み出すために
――スポーツマネジメントから見たファンの期待と影響 (佐藤晋太郎・押見大地)
第5章 熱狂のための最強チームづくり
――シミュレーション・モデルと実証分析 (稲水伸行・一小路武安・坂平文博)
終章 「熱狂」研究のゆくえ
――プロ野球を超えて (水野誠・稲水伸行・笹原和俊)
関連情報
稲野和利 評「球団経営の道筋示唆」 (読売新聞 2021年10月17日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20211018-OYT8T50050/
書籍紹介:
「BOOKS」 (『広報会議』2021年12月号)
https://www.sendenkaigi.com/books/back-number-kouhoukaigi/detail.php?id=26548
[出版話題]「野球の魅力を分析する書籍続々」 (岐阜新聞 2021年11月7日)