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書籍名

贈与と聖物 マルセル・モース「贈与論」とマダガスカルの社会的実践

著者名

森山 工

言語

日本語

発行年月日

2021年8月31日

ISBN コード

978-4-13-050303-7

出版社

東京大学出版会

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贈与と聖物

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文化人類学で「贈与」というと、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したフランスの研究者、マルセル・モースの「贈与論」という論文が古典とされ、必読文献であり、さまざまな着想や論点の汲めど尽くせぬ源泉となってきました。一般に「贈与」といえば、「贈与税」とか「生前贈与」とか、相続に絡むことがらが想起されるかもしれません。けれども、「贈与」を「与えること」として広義に捉え、「与えること」、それを「受け取ること」、さらにそれに「お返しをすること」という関係性で捉えると、「贈与」というものが人間のコミュニケーションの根本に位置する事象であることが分かります。その意味で、モースの「贈与論」は、文化人類学のみならず、歴史学や社会学の研究、哲学・倫理学・社会思想史の研究、政治学や政治思想の研究などに影響を与えてきました。そればかりか、「与えること」が切実な実践的な意義をもつボランティア活動など社会運動の現場や、それを理論化する社会運動論にも大きな影響を与えています。
 
本書は、モースの「贈与論」に含まれた論点のうち、「贈与」と「交換」とをとりだし、それをモースの立論に沿って解読し直し、「贈与」と「交換」とがある点で決定的に異なることを論証しています。その上で本書は、モースが「贈与」なり「交換」なりに投入されるもの、つまり「給付」に供与されるものの一方で、「給付」に供与されることなく、家族なり親族集団なりのなかに永続的に保持し続けられるべき財物の存在に注目していることを導きだします。「給付」に供与されないもの、供与されてはならないもの、これこそが「聖物」(sacra) です。それは、家族なり親族集団なりの内部に永続的に保持されることで、その集団の通時的な一体性 (アイデンティティ) の表徴となります。
 
本書は、このような事態を、筆者が1980年代末からフィールドワークを続けてきたマダガスカルの一農村部の社会的実践に即して、実証的に描き出す作品です。そこで中心となるのは、非常に広い範囲の親族たちを包含していた社会構成のなかから、ごく狭いサークルの親族たちが独立を遂げるという社会事象です。独立を遂げる親族サークルにとっては、その父なり母なり、あるいは祖父なり祖母なりの「遺体」が「聖物」となります。そして、そうした「遺体」を埋葬すべく、自分たちが新たに築いた「墓」が「聖物」となります。この現象は、1990年前後から顕著に現象化してきたものなのですが、そうした現地の人々の社会的実践を跡づけることで、本書はモースが論じた「贈与」、「交換」、「聖物」という三者の関係を、文化人類学の実証的な側面から解明することを試みたものです。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 森山 工 / 2022)

本の目次

プロローグ
 
     第1部 マルセル・モースにおける〈贈与〉の世界
第1章 「贈与論」の意義と構想
第2章 「贈与論」におけるパラドクス
第3章 〈贈与〉と〈交換〉、あるいはポトラッチとクラ
第4章 〈贈与〉・〈交換〉・〈譲りえぬもの〉
 
     第2部 マダガスカルにおける〈譲りえぬもの〉の世界
第5章 遺体を同化する
第6章 祖先と向きあう
第7章 クロノロジーを刻む
 
     第3部 〈贈与〉と〈譲りえぬもの〉のあいだ
第8章 〈家〉と〈譲りえぬもの〉
第9章 〈贈与〉と〈譲りえぬもの〉のあいだ
エピローグ
 

関連情報

書評:
今週の本棚:本村凌二 評「現代社会に復権させるべき倫理」 (『毎日新聞』東京朝刊 2022年3月12日)
https://mainichi.jp/articles/20220312/ddm/015/070/022000c
 
重田園江、田中純 評「読書アンケート特集」 (『みすず』711号 2022年1・2月合併号)
https://www.msz.co.jp/book/magazine/202202/
 
山田広昭 評 <本の棚> 森山工 著『贈与と聖物 マルセル・モース「贈与論」とマダガスカルの社会的実践』 (『教養学部報』第632号 2021年12月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/632/open/632-02-3.html
 
『読売新聞』2021年11月28日、小川さやか氏による評
本よみうり堂:小川さやか (文化人類学者・立命館大学大学院先端総合学術研究科教授) 評「精緻でスリリングな議論」 (『読売新聞』読書面 2021年11月28日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20211129-OYT8T50055/

 

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