国立民族学博物館論集6 再分配のエスノグラフィ 経済・統治・社会的なもの
本書は、経済人類学において忘れられつつある「再分配」を、経済人類学の主題として改めて再生しようと試みたものである。ここでいう再分配は、必ずしも、貨幣によって数量化された富の格差を是正するための国家による介入を意味するものではない。むしろ、人類学においては、埋葬に伴う饗宴や収穫の際の祝い事、家庭内の食物寄託や集団的に行われる戦争や交易や公共の建物の建設といったことがらが再分配の代表例とされてきた。つまり、国家規模で行われるのでも、格差の是正を目的とするのでも、貨幣の存在を前提とするものでもない実践のことも、再分配と呼び習わされてきたのである。これらの実践に共通しているのは、財や物や労力をひとつのところに「集めて配る」というプロセスである。
このように国家による富の格差の是正という定式化から再分配を解き放つことによって、本書は、再分配に関わる2つの重要な論点を提示しようと試みた。第一の論点は、再分配的な実践と集団の生成の関係に関わるものである。3人以上の人間が共同で何かを集めて配るという実践を行うとき、参加者たちはそれに加わる人びとの集団についての特定のイメージを前提とする。また、その実践によって、集団についてのイメージは更新されることになる。このような、再分配的な実践と集団についての想像の動態的な関係に注目したことが本書の第一の特徴である。本書の第二の特徴は、複数の再分配的な実践が、同一の場所で同時に行われているという重層的な状況に着目している点にある。再分配が国家規模のものに限定されないのであれば、より小規模のものやより短期的なものを含めた多様な再分配的な実践が検討の対象となる。このとき注目に値するのは、ときに、異なる規模で行われている複数の再分配が相互に関係しているという点である。それらの複数の再分配がどのような関係にあるのかを検討することで、人類学における再分配研究の新たな地平を切り拓こうとしたのである。
以上の理論的関心に基づいて、本書では、世界各地 (フィンランド、日本、インド、メラネシア、ガーナ、ミクロネシア・ポーンペイ) で長期にわたって集中的な現地調査を行ってきた人類学者がそれぞれの地域における再分配的な実践を事例として取り上げ、精緻に検討している。各章の具体的な記述を読み解いていくことで、改めて、再分配的な実践がどのようなものでありうるのか、そこにはどの程度の多様性があるのか、理解していただけるのではないかと思う。経済、統治、社会的なもの、集団といった理論的なテーマだけでなく、民族誌的な技法を用いた優れた論考に関心のある人にもぜひ手にとっていただきたい一冊となっている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 浜田 明範 / 2022)
本の目次
第I部 再分配をめぐる政治
第1章 誰がボタンを押すのか――フィンランドの高齢者向け通報システムにみる要求 / 提供のダイナミクス (髙橋絵里香)
第2章 再分配制度としての介護保険法とコミュニティの再編――沖縄・離島社会を事例に (加賀谷真梨)
第3章 再分配のアナロジー――インドにおける生モラルと国家制度の重なり合い (田口陽子)
第II部 集団の生成
第4章 メラネシア人類学における「再分配」の境界――「集団」と「戦争」をめぐって (里見龍樹)
第5章 執拗な共食――ガーナ北部における穀物の不足と同居家族の「世帯」の営み (友松夕香)
第6章 再分配を通じた村人のつながりと差異化――ミクロネシア・ポーンペイ島における首長性と住民の帰属意識 (河野正治)
第7章 12月のプランカシ――ガーナ南部において集める / 集まるということ (浜田明範)
あとがき (浜田明範)