東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

緑の大地に流れるメコン川の写実的な絵

書籍名

International Perspectives on Educational Reform Series Memory in the Mekong Regional Identity, Schools, and Politics in Southeast Asia

著者名

Will Brehm、 KITAMURA Yuto (編)

判型など

216ページ、上製

言語

英語

発行年月日

2022年3月4日

ISBN コード

9780807766378

出版社

Teachers College Press

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

Memory in the Mekong

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東南アジアほど多様性に富んだ地域は、世界的に見ても珍しいでしょう。人種、言語、宗教といった社会文化的な面での多様性のみならず、政治体制や経済レベルといった面でも異なる状況にある国々が隣り合って存在しています。歴史的に見ても、そういった多様性がまじりあうことで文化的に豊かな社会を作り出す一方、お互いの差異がさまざまな衝突の原因ともなってきました。とはいえ、それだけ多様であるにもかかわらず、この地域はある種の一体感をもっています。そうした一体感のひとつの帰結が、2015年に立ち上がったアセアン共同体です。
 
アセアン共同体は、政治的な妥協をしつつ、経済的な繁栄を目指し、その中で、文化的な共生を実現するための統治メカニズムとして産み出された、この地域の「知恵」の結晶体と言えるかもしれません。それは、東南アジア以外の地域からは、何とも形容し難い複雑さをもった構築物に見えるでしょう。そうした構築物の中に分け入って、なかでもメコン川流域圏の国々がどのようにこれまでの歴史を認識し、それを次の世代に伝えようとしているのか、ということを明らかにすることが、本書の目的です。もちろん、本書は、東南アジアのすべての国を対象にしているわけではないのですが、本書の各章で論じられたことは、さまざまな意味で、本書では取り上げなかった東南アジアの国々についても共通の論点を歴史教育の中に見ることができると思います。
 
2015年に資本や人が国境を越えて自由に行き来できる経済共同体の構築に成功したアセアンは、現在、2025年までに幅広い分野で完全に機能する社会文化共同体の構築を目指しています。その一環として、アセアンは6億人以上の人々を統合し、地域的なアイデンティティを構築することを目指しており、それは、共有の歴史を教える各国の学校制度を通じて実現されるでしょう。本書は、そうした取り組みを進めるうえで生じる多様な課題について、批判的に検証・考察を行ったものです。
 
アセアンのアイデンティティとはどのようなものなのか。東南アジアの多様な民族の間で共通のアイデンティティを作ることは可能なのか。そもそも、それは望ましいことなのか。各国において歴史の記憶が異なる中で、ナショナル・アイデンティティと並んでリージョナル・アイデンティティはどのように存在するのだろうか。本書は、これまでの研究ではあまり検討されてこなかった、この地域における歴史、ナショナル・アイデンティティ、学校教育の3つの領域を横断的に探究することで、これらの問いに対する答えを見出そうとしたものです。
 
本書の特徴として、次の4点を挙げることができます。(1) メコン川流域圏におけるリージョナル・アイデンティティと学校に関する国際比較研究 (知り得る限り、まとまった研究としては本書が初の試みとなる)、(2) 国連教育科学文化機関 (ユネスコ) バンコク事務所が推進しているShared Historiesプロジェクトの詳細な分析、(3) アイデンティティ形成に影響を及ぼしている歴史的記憶に関する分析を通して、いわゆる「想像の共同体」に関する研究の深化・発展、(4) メコン川流域圏の研究者たちが執筆者として積極的に参加。
 
東南アジアにおける国民国家の成立やナショナリズムの勃興、政治的アイデンティティの形成などに関する研究としては、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』やトンチャイ・ウィニッチャクンの『地図がつくったタイ』といった優れた研究成果があります。本書は、彼らの議論から多くの影響を受けています。東南アジア地域に関心のある人は (もちろん、そうでない人も)、ぜひこの2冊を読んでみてください。
 
最後に、東南アジアの歴史がどのように学校教育を通して次世代に伝えられているのか (あるいは、伝えられていないのか)、そして、そのことでいかなるナショナル、そして、リージョナルなアイデンティティを形成していくことが各国で目指されているのか、本書を通して読者の皆さんが理解を深めていかれることを願っています。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 北村 友人 / 2022)

本の目次

Foreword
   (Thongchai Winichakul)
Acknowledgments
Introduction: Toward a Southeast Asian Identity? Schools as Contested Sites of Collective Memory
   (Will Brehm)
 
Part I: Regional Memory
1. The UNESCO Shared Histories Curriculum: Paradoxes and Possibilities
   (Rosalie Metro and Will Brehm)
2. Regional Memory in Contemporary Cambodia: “Cautious Resistance and Calculated Conformity”
   (Will Brehm)
 
Part II: National Memory
3. Whose Kingdoms and Whose Settlement? Hegemonic National Memory Inside Thai Textbooks
   (Vong-on Phuaphansawat and Will Brehm)
4. Vietnamese Citizenship in Transition: State Curricula Pre- and Post-Doi Moi (Bich-Hang Duong)
 
Part III: Public Memory
5. Thinking With History in Pursuit of Truth in Myanmar
   (Anna Zongollowicz)
6. Finding Unity in Diversity: Public Identity Patterns in Lao PDR
   (Will Brehm, Thongdeuane Nanthanavone, Somsanit Larvankham, and Yasushi Hirosato)
7. Exploring Unity and Diversity in the Histories of Southeast Asia  177
   (Yuto Kitamura)
 
Afterword
   (Shigeru Aoyagi)
About the Editors and Contributors
Index

関連情報

編者ウェブサイト:
北村友人
https://www.p.u-tokyo.ac.jp/~yutod4/profile/

書評:
Abhinav Ghosh 評 (『Harvard Educational Review』volume 92, issue 3 2022)
https://www.hepg.org/her-home/issues/harvard-educational-review-volume-92,-issue-3/herbooknote/memory-in-the-mekong
 
Podcast Audio:
FreshEd #281 Matthew Thomasによる共編者Will Brehmのインタビュー (FreshEd 2022年5月23日)
https://freshedpodcast.com/281-brehm/

関連イベント:
共編者Dr. Will Brehmによる刊行記念イベント (The University of Sydney: Sydney Southeast Asia Centre 2022年5月23日)
https://www.tcpress.com/blog/video-memory-mekong-book-launch/
 
刊行イベント (CIES2022 2022年4月19日)
https://convention2.allacademic.com/one/cies/cies22/index.php?program_focus=view_session&selected_session_id=1913506&cmd=online_program_direct_link&sub_action=online_program
 

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