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白い表紙にルネサンス時代の絵画

書籍名

平和の追求 18世紀フランスのコスモポリタニズム

著者名

川出 良枝

判型など

416ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年1月26日

ISBN コード

978-4-13-030186-2

出版社

東京大学出版会

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平和の追求

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戦争の時代は終わり、平和と繁栄の時代が到来する。18世紀のフランスを彩ったこの明るい展望は、その後、何度も裏切られ続けている。だからこそ、今、そこに立ち返る必要があるのではないか。というのも、この時代は、平和のために発案された様々な理念や制度―コスモポリタニズム (世界市民主義) の理想、国際連合のような国際機構の設立、経済的な相互依存による平和の推進など―の誕生の瞬間に立ち会える時代だからである。
 
第一に、この時代において用いられた「世界の市民」―フランス語ではコスモポリット (cosmopolite) ―の意味を明らかにした。当初この語は、古代ギリシアのディオゲネスのように、祖国を否定し、放浪の人生を送る根無し草のような人物を批判的に言及するものであった。ところが、18世紀の前半になると、家族や祖国に対する義務を果たしつつも、人類の義務を最も重視するのが世界市民であるという考えが広まった。人類の一員としての道徳的義務を果たすことを要請するコスモポリタニズムの成立である。これは古代のストア派に由来する発想だが、とりわけ、フェヌロンの言葉として伝わる以下の文章が人気を博した。「私は、自分の家族を自分自身より愛し、祖国を自分の家族より愛する。しかしながら、人類を祖国よりもなお愛する」。これら二つの対照的な世界市民像の関係を解明したのが本書の一つの成果である。
 
次に、国際機関の設立による紛争解決というアイデアをとりあげた。国際連盟や国際連合の祖としては、カントの『永遠平和のために』が有名であるが、本書は、制度設計の真の先駆者はサン=ピエールであったという点を強調した。彼の国家連合構想は、国家間の戦争の回避のために、加盟する諸国が平等に一票を行使し、多数決による決定を行う仲裁機関を設立するというものであった。その1つのモデルが神聖ローマ帝国であったことも興味深い。18世紀のフランスでは、国家と国家を連合させるというアイデアが盛んに論じられ、アメリカ合衆国のような連邦国家の設立に寄与する一方で、平和のための連合組織の設立の提案に向かうなど、壮大な思考実験が繰り広げられた。
 
第三に、世界大の市場を通した財の交換による利益の相互化が国家間における平和をもたらすという商業平和論に注目した。今日の経済的相互依存論の原型である。戦争をするより商売をした方がお互いに儲かるのだから、それを学んだ人類は、次第に武力行使を控えるようになるという見通しである。だが、この見通しはすぐに冷水を浴びせられる。他国の経済成長を妨げる施策によって利益を独占するという誘惑は常に残り (「商業 (貿易) の嫉妬」)、それどころか、植民地における奴隷の使用を経済的合理性の観点から容認する議論すら存在した。商業平和論の光と影は、今日においてもなおも継続する難問と言えよう。
 
こうした平和構想の理論的中身の解明もさることながら、平和の追求のために格闘した人々の肉声を届けることも本書の狙いの一つである。
 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 川出 良枝 / 2023)

本の目次

序論
  1 コスモポリタニズムの再興
  2 一八世紀の三つの平和構想
  3 啓蒙の世紀におけるコスモポリタニズムとパトリオティズム
  4 本書の構成
 
第一章 祖国への愛と人類への愛
 第一節 コスモポリタン思想の原型――ストア派のコスモポリス概念と初期近代におけるその受容
  1 ストア派における世界市民の理念
  2 中世・ルネサンス期・初期近代
 第二節 人類愛のコスモポリタン思想
  1 神話の生成――『フェヌロン氏の生涯』
  2 フェヌロンにおける戦争と平和
  3 フェヌロンからラムジーへ
  4 市民の義務と人間の義務――モンテスキューとディドロ
 第三節 人類愛と祖国愛はつねに調和するか
  1 「祖国」の概念の再興
  2 祖国愛の必要性――エルヴェシウスとマブリ
  3 人類の道徳的完成――テュルゴの「進歩」思想
 結び 普遍的パトリオティズム――フェヌロンからジョクールへ
 
第二章 世界市民の肖像――ル・ブランとフジュレ・ド・モンブロン
 第一節 ル・ブランのイングランド
  1 国民間の憎悪の克服
  2 イングランド人の国制の理想と現実
  3 モデルとしてのイングランド経済
 第二節 フジュレ・ド・モンブロンと消極的コスモポリタニズム
  1 祖国の観念の否定としてのコスモポリタニズム
  2 放浪から亡命へ
 第三節 ル・ブラン対フジュレ――七年戦争と親英派
 結び その後の二人
 
第三章 平和のための制度
 第一節 世界君主政とその批判者
  1 世界君主政概念小史
  2 「仲裁者」による平和――ライプニッツの懐疑
  3 勢力均衡論の台頭――ロアンとリゾラ
  4 バランスの維持者――イングランドの勃興
  5 戦争王の黄昏
 第二節 フェヌロンの外交政策論――システムとしての勢力均衡
  1 フェヌロンとスペイン継承戦争
  2 万民法・勢力均衡・同盟――『良心の糾明』
  3 「補遺」のイギリス受容――『ヨーロッパの均衡二論』
 第三節 サン=ピエールの平和構想――国家と国家の連合
  1 『永久平和』概略――連合と仲裁
  2 平和構想の実現可能性
  3 ライプニッツとサン=ピエール
 第四節 モンテスキューの連合論――国家連合から連邦共和国へ
  1 連邦共和国という方途――小共和国の防衛戦略
  2 国家連合の三類型
  3 モデルとしてのリュキア――連邦共和国の国制
  4 モンテスキュー後の連邦共和国論――フェデラリスト (連邦派) とジャン=シャルル・ド・ラヴィ
 結び もう一つの世界君主政批判
 
第四章 商業平和論の展開
 第一節 一八世紀前半の商業平和論
  1 「穏和な商業」論の四つの要素
  2 植民地と奴隷制
  3 商業の自由と商業の嫉妬
 第二節 ミラボー侯爵『人間の友』の商業平和論
  1 『人間の友』の基本構造
  2 商業の完全な自由と普遍的同胞愛
  3 旧世界の軛――植民地政策の破綻
  4 「夢ではない、唯一の世界君主政」
  5 『人間の友』からフィジオクラットへ
 結び 二つの幻想を超えて
 
第五章 ジャン=ジャック・ルソーにおける戦争と平和
 第一節 ルソーにおける祖国への愛と人類への愛
  1 同時代の文脈――世界市民派と愛国派の交錯
  2 コスモポリット・ルソー?
  3 イギリスの影――コスモポリット批判へ
  4 市民の教育、人間の教育、国民の教育
  5 もう一つの終着点
 第二節 ルソーと「連合」構想――パトリオティズムとコスモポリタニズムをつなぐもの?
  1 戦争を防ぐための連合
  2 永久平和の構想――サン=ピエールからルソーへ
  3 ルソーのサン=ピエール批判
  4 小さな共和国のための連合――小共和国をどう設立し、どう維持するか
  5 連合――自由と平和のための制度
 
終章 カントの平和論――一八世紀フランスのコスモポリタニズムのプリズムを通して
  1 カントの「平和連合」構想
  2 「法」による平和
  3 自然による平和の保証
  4 コスモポリタン法の領域
 
結論
 

関連情報

新刊試し読み:
序論 (note | 東京大学出版会 2023年1月23日)
https://note.com/utpress/n/n96312aff7d42
 
自著解説:
自著紹介「戦争と平和の政治思想史:『平和の追求――18世紀フランスのコスモポリタニズ』をめぐって」 (東京大学出版会『UP』9月号N.611、p.18-23 2023年9月5日)
https://www.utp.or.jp/book/b10039192.html
 
書評:
遠藤乾 (国際政治学者・東京大教授) 評「世界秩序説く思想格闘史」 (『読売新聞』 2023年4月30日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20230501-OYT8T50087/
 
書籍紹介:
本よみうり堂:読書委員が選ぶ「2023年の3冊」<上> 苅部直 (政治学者・東京大教授) (読売新聞オンライン 2023年12月29日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/reviews/20231225-OYT8T50071/

「2023年の収穫」今年の3冊アンケート: 佐藤正志 (早稲田大学名誉教授・西洋政治思想史) (『週刊読書人』 2023年12月15日号)
https://jinnet.dokushojin.com/blogs/news/20231215

新刊・おすすめ書籍 (『ふらんす』 2023年3月号)
https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/7046
 
合評会・研究会:
(1) 第30回一橋哲学・社会思想セミナー(2023.6.18)「川出良枝『平和の追求――18世紀フランスのコスモポリタニズム』合評会」評者:野原慎司、上野大樹、森村敏己
 
(2) 第32回フランス政治思想研究会(2023.10.14) 「『平和の追求: 18世紀フランスのコスモポリタニズム』をめぐって」評者:定森 亮、永見瑞木
 
(3) 第48回社会思想史学会(2023.10.28)「コスモポリタニズムの秩序構想:川出良枝『平和の追求』を読む」世話人:上村 剛 司会:小畑俊太郎 評者:安藤裕介、網谷壮介
 
(4) 東京大学政治史・比較現代政治研究会・政治理論研究会(2023.11.04)「世界秩序を構想する:『平和の追求:18世紀フランスのコスモポリタニズム』について」 報告者:川出良枝 討論者:遠藤 乾
 
イベント、講演:
日仏文化講演シリーズ第379回「今、啓蒙の世紀から何を学ぶか」 (公益財団法人日仏会館 2023年12月22日)
https://www.mfjtokyo.or.jp/events/symposium/20231222.html
 
オンライン講義:
模擬授業「戦争と平和の政治学」 (東京大学法学部 | YouTube 2023年08月2日)
https://www.youtube.com/watch?v=Mm2NbjoqptQ

モンテスキューとルソー…二人の思想家の共通の敵とは? (テンミニッツTV 2020年9月19日)
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