東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

ダークブルーの表紙

書籍名

東欧の想像力 20 通達/謁見

著者名

ヴァーツラフ・ハヴェル (著)、 阿部 賢一、 豊島 美波 (訳)

判型など

248ページ、四六判、ハードカバー

言語

日本語

発行年月日

2022年1月31日

ISBN コード

978-4-87984-416-3

出版社

松籟社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

通達/謁見

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1989年12月29日、プラハ城にて、ある人物が大統領に選出された。チェコスロヴァキアの共産主義体制の終焉、そして新しい民主国家の誕生を告げる象徴として、新しい大統領ヴァーツラフ・ハヴェルは世界から注目を集めた。というのも、彼は、ほんの数か月前まで刑務所に収監されていた戯曲家だったからである。
 
ハヴェルの戯曲は不条理演劇という形容が使われることがある。この表現について、本人は「足下に頑丈な土壌がない」ことと説明しているように、価値観、制度の不確かさが彼の演劇の一つのモティーフとなっている。不確かな感覚が彼の戯曲で最も顕著に現れているのが、言語コミュニケーションにおいてである。
 
1965年、プラハの欄干劇場で初演を迎えた『通達』では、ある役所に人工言語が導入されたことで人々が困惑する (しない) 様子が描かれている。人工言語プティデペは誤解を招かないよう、複雑な構造をしており、その言語の習得には困難が伴うため、専門職員が翻訳業務を担うのだが、翻訳の許可を得るには別の証明書が必要とされ、堂々巡りの状況となる。官僚制度の功罪を暴くとともに、冗長性や多義性という我々の言語の特性にも光が当てられている。
 
1968年8月、ソ連軍を初めとするワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻し、「プラハの春」の民主化の動きは方向転換を余儀なくされ、ハヴェルもまた自身の作品を公に発表する機会を奪われてしまう。戯曲を書いても、上演する様子を目にすることができないという不条理な状態に置かれたのである。
 
そのような状況下、友人たちのために執筆したのが『謁見』(1975) である。ビール醸造所で働く戯曲家ヴァニェクと醸造長の対話からなる一幕物だが、知的な語彙がちりばめられた他の作品とは異なり、不条理な条件下で人間味あふれる言葉が披露される。ハヴェル本人を想起させる戯曲家は自作が発表できず、ビール醸造所で務めているが、ビール造り一筋の醸造長は当局への報告書がうまく書けず、思い悩んでいる。しまいには、報告すべき対象の人物に報告書の執筆を依頼するという不可思議な状況が生まれる。
 
ハヴェルは『力なき者たちの力』といった評論も執筆しているが、そのような作品と戯曲に共通するのは、言葉に対する鋭い考察である。同じ言語であっても、ある言葉は無力だと思っていた人々に奮起を促し、別の言葉は束の間の笑いを人々にもたらす。政治という場と、文化という場は別の次元にあるように思えるが、両者はともに言葉によって結びついていることをハヴェルは様々な作品を通して今なお教えてくれる。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 阿部 賢一 / 2023)

本の目次

通達
謁見
訳者あとがき

関連情報

自著解説:
新刊紹介 (『REPRE』Vol.45 2022年2月)
https://www.repre.org/repre/vol45/books/translation/abe/
 
共訳者インタビュー:
„I v dnešním Japonsku máme politiky, kteří mluví prázdnou řečí,“ říká překladatelka Minami Toyoshima  (knihovnavaclavahavla | 2023年1月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=Afc5skVUTYg
 
書評:
谷岡健彦 評 (『図書新聞』3543号 2022年5月21日)
https://toshoshimbun.com/product__detail?item=1703316324264x540487582265588160
 
川添愛 (言語学者・作家) 評「不条理社会 笑う2戯曲」 (読売新聞オンライン 2022年5月6日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20220502-OYT8T50006/
 
東條慎生 評 (HatenaBlog 2022年2月14日)
https://closetothewall.hatenablog.com/entry/2022/02/14/221421
 
書籍紹介:
最近日本で出版されたタイトル (ああいう、交遊、EU文学)
https://eubungaku.jp/country/czechia/
 
講演会:
Czech literature and Czech Studies Beyond Europe and America “Hašek, Havel, Hrabal… and?”  (ヴァーツラフ・ハヴェル図書館  2022年6月29日)
https://www.vaclavhavel.cz/en/index/calendar/2114/hasek-havel-hrabal-and
 
阿部賢一先生Zoom講演会 「現代チェコ文学入門」第2回 (日本チェコ友好協会 2022年2月24日)
https://tokyo.czechcentres.cz/ja/blog/2022/02/prednaska-vh?locale=ja
 
関連記事:
学問と社会の現在とこれからを考える:阿部賢一 (現代文芸論研究室)
vol.2 ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』を読む (東京大学大学院人文社会系研究科・文学部ホームページ 2020年10月31日文学ラボより)
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/studies/abe.html
 
名著、げすとこらむ: ゲスト講師 阿部賢一
ハヴェル『力なき者たちの力』 ハヴェルの言葉に秘められた「力」 (NHK100分で名著)
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/95_havel/guestcolumn.html

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