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馬に乗った骸骨の絵

書籍名

白い病

著者名

カレル・チャペック (作)、 阿部 賢一 (訳)

判型など

190ページ、文庫判

言語

日本語

発行年月日

2020年9月15日

ISBN コード

9784003277430

出版社

岩波書店

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白い病

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チェコの作家カレル・チャペック (1890-1938) には、いくつかの顔がある。「ロボット」という言葉が世界に広がる契機となった戯曲『ロボット RUR』を手がけたり、今なお読みつがれている児童文学の傑作『長い長いお医者さんの話』を執筆したり、あるいはジャーナリストとして鋭い文明批判を繰り広げてもいる。哲学小説から園芸にまつわるエッセイまで多彩なジャンルを手がけた作家はそうそういないだろう。
 
だが何よりも驚かされるのが、数十年前に執筆された彼の作品が、現代を描いている物語のように感じられることである。1937年刊の『白い病』もまた、そのような一冊である。
 
戦争の足音が近づいているとある国で、「白い病」が広がっていく。白い病とは、五十歳前後になると皮膚に大理石のような白い斑点ができ、しまいには死に至る伝染病のことである。特効薬が見つからない中、町医者のガレーンは薬を見つけたかもしれないと、枢密顧問官ジーゲリウスを訪れ、大学病院での臨床実験をさせてほしいと依頼する。ジーゲリウスの了承を経て、ガレーンは開発を進めるが、特効薬を提供するに際してある条件を提示する……。
 
Covid-19が世界を席巻している今日の世界を描いているような言葉の数々 (「パンデミック」、「特効薬」など) をこの作品には見出すことができる。また次々と場面が変わりながら、メディアの情報に左右される市民、特効薬をめぐる主導権争い、さらには弱き患者への人道的な対応など、様々な問いかけがなされていく。おそらくこの作品が優れているのは、疫病という状況を予言的に描いたからではなく、ある極限状態に陥った人々の精神状態を巧みに描いているからであろう。それゆえ、本作では、「白い病」という伝染病ばかりか、軍国主義、戦争という要素も加味され、例外状態が高められていく。平時の法律や常識では答えられない問いに直面して、人びとは何を選択するのか、いや何を選択すべきか。チャペックは、戯曲を通して、私たち読者に問いを投げかける。
 
カレル・チャペックはこの作品を発表した翌年、肺炎のためこの世を去っている。それとほぼ時期を同じくして、チェコスロヴァキアという国もナチス・ドイツの保護領となり、ヨーロッパの地図からその名前が消える。それはファシズムという別の病が世界に広がっていく時代でもあった。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 阿部 賢一 / 2021)

本の目次

第一幕 枢密顧問官
第二幕 クリューク男爵
第三幕 元帥
 
付録
 前書き
 作者による解題
 
解説

関連情報

書評:
『白い病』あらすじと感想【不治の病のパンデミックと戦争目前の世界で1人の医師がある条件を提示する】 (ReaJoy 2021年7月1日)
https://reajoy.net/book-report/novel/33074/
 
【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第2回|パンデミック・シミュレーター カレル・チャペック『白い病』|山本貴光 (note: 岩波書店編集部「なみのおと」 2021年6月18日)
https://note.com/iwanaminote/n/n3b8a42da6983

藤原辰史 (京都大学人文科学研究所准教授) 評「病人の治療だけが医者の務めか チャペック『白い病』の問い」 (note: 岩波書店編集部「なみのおと」 2021年4月8日)
https://note.com/iwanaminote/n/nd64ccc92d669

高橋正雄 (筑波大学名誉教授) 評「文学に見るリハビリテーション――疫病による世代間対立と社会的分断」 (『総合リハビリテーション』49巻4号 2021年4月10日)
https://webview.isho.jp/journal/detail/pdf/10.11477/mf.1552202206
 
産経新聞社 評 【気になる!】文庫『白い病』 (産経ニュース 2020年9月27日)
https://www.sankei.com/article/20200927-NCFJJPGKF5L5FDOLUZNMOAR5SQ/
 
書籍紹介:
第5回「大人のためのブックトーク」小林昌廣 (IAMAS 教授) によるブックトーク (岐阜県図書館 2021年1月23日)
https://www.library.pref.gifu.lg.jp/info-events/2021/01/5-4.html
 
足立幸子 (新潟大学教育学部准教授) 推薦 (BSNキッズプロジェクト 2021年1月8日)
https://kids.ohbsn.com/bookshelf/shiroiyamai/

コロナ禍の2020年にチャペック『白い病』を訳す
疫病を描いた戯曲が問う、現代の世界と私たち (論座 2020年10月18日)
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020101600002.html
 
本の森: 「白い病」カレル・チャペック著 阿部賢一訳 (日刊ゲンダイDIGITAL 2020年10月17日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/280075
 
新刊レビュー (スポーツ報知 2020年10月10日)
https://hochi.news/articles/20201006-OHT1T50175.html?page=1
 
今週の本棚 (毎日新聞 2020年10月3日)
https://mainichi.jp/articles/20201003/ddm/015/070/004000c
 
疫病と戦争、いまこそ読むべきチャペック 謎の感染症テーマの戯曲「白い病」新訳公開 (好書好日 2020年7月10日)
https://book.asahi.com/article/13511589
 
【特集・コラム】コロナ禍に感じた「肌のざわめき」に関する一考察(関根麻里恵 表象文化研究者・学習院大学助教) (Fashion Tech News 2020年7月6日)
https://ftn.zozo.com/n/na21c1841c83a
 
イベント:
展示「変わらぬ原作、代わり続ける翻訳 ―日本とK・チャペックの文学」
オープニング記念トーク (チェコセンター東京展示室 2018年3月7日)
https://tokyo.czechcentres.cz/ja/program/vystava-knih-karla-capka-v-japonstine

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