東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

コレラ流行時の江戸の様子を描いた「安政箇労痢流行記」の一部の挿絵

書籍名

角川ソフィア文庫 日本古典と感染症

著者名

ロバート キャンベル (編著)

判型など

336ページ、文庫判

言語

日本語

発行年月日

2021年3月24日

ISBN コード

9784041099421

出版社

KADOKAWA

出版社URL

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日本古典と感染症

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2020年、新型コロナウィルス感染症 (covid-19) のパンデミックが世界を覆い、私たちの日常は一変した。接触と移動を大きく制限された時間を経て、今なお、その影響は世界各地で継続している。この数年、未経験の病に対して、医療・科学・政治・宗教といった様々な角度からのアプローチと対策が取られ、そこに携わる人々の必死の努力が社会を支えてきたことは多言を要すまい。
 
近代・前近代においても、感染症の流行は人々と社会を脅かしてきた。天然痘・マラリア・コレラ・チフスなど、いくつかの病名がすぐに思い浮かぶのではないだろうか。医療や科学が現代のような発達を遂げていなかった頃、ウィルスの特定と科学的対処もできなかった頃、人々は未知の感染症 (疫病) とどのように向き合い、乗り越えたのか。疫病禍の後、社会はどのように再生したのか。本書は、そのような問題意識の下に、奈良時代から明治時代、『万葉集』から夏目漱石に至る1300年間の記録と記憶をたどり、感染症の地平を見渡そうとするものであり、15人の日本文学研究者が1編ずつを書き下ろしている。
 
まず、ロバート・キャンベル「感染症で繋げる日本文学の歴史」において、本書の問題意識と全体の流れが概観され、続く14本への水脈をなす。
 
各論文は時代順に並べられ、奈良時代は品田悦一「『万葉集』と天平の天然痘大流行」、平安時代中期は岡田貴憲「平安時代物語・日記文学と感染症  虚構による「神業」の昇華」、平安末から鎌倉初期にかけては木下華子「『方丈記』「養和の飢饉」に見る疫病と祈り」がある。鎌倉末・南北朝・室町から江戸時代という広いスパンのものとして、ディディエ・ダヴァン「神々の胸ぐらを掴んで  感染症と荒ぶる禅僧のイメージ」、川平敏文「流言蜚語と古典文学  鬼・髪切虫・大地震」、海野圭介「中世の文芸と感染症」と続く。天然痘・瘧病 [わらわやみ] (マラリアの類)・三日麻疹 [はしか]・癩病等の疫病とそれらに対する社会的認識、情報伝播、政治的対処、宗教的救済といったあり方を読むことができる。
 
江戸時代は7本の論文が並ぶ。山本嘉孝「江戸時代の漢詩文と感染症」、入口敦志「養生の基底にある思想 『延寿撮要』から『養生訓』へ」、木越俊介「伝奇小説の中の疫鬼たち」、太田尚宏「〈病〉と向き合う村びとたちの知恵  ある山村の日記から」、日置貴之「安政のコレラ流行と歌舞伎」、山本和明「コレラと幕末戯作」であり、江戸時代における麻疹 [はしか] やコレラ (頃痢 [ころり]) の流行と人々のあり方を様々なジャンルの文学や記録から見渡せるものとなっている。
 
近代は、野網摩利子「近代小説と感染症  柳浪・漱石・鴎外から」。夏目漱石・森鷗外といった近代文学の泰斗を感染症という切り口から眺められる。
 
編著者であるロバート・キャンベルが説くように、災害や疫病とともに歩み、打撃を受けては再生してきた歴史を持つ日本の文学は、感染症という社会的困難に対しても豊富で多様なリソースである。現代の私たちが直面する困難に対しても、多くの言葉と資料が経験と知恵、そして救いを与えてくれるものだろう。本書を開くことでその一端を感じ取っていただければ、幸いである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 木下 華子 / 2023)

本の目次

 
感染症で繋げる日本文学の歴史 (ロバート キャンベル)

『万葉集』と天平の天然痘大流行 (品田悦一)

平安時代物語・日記文学と感染症  虚構による「神業」の昇華 (岡田貴憲)

『方丈記』「養和の飢饉」に見る疫病と祈り (木下華子)

神々の胸ぐらを掴んで  感染症と荒ぶる禅僧のイメージ (ディディエ・ダヴァン)

流言蜚語と古典文学  鬼・髪切虫・大地震 (川平敏文)

中世の文芸と感染症 (海野圭介)

江戸時代の漢詩文と感染症 (山本嘉孝)

養生の基底にある思想 『延寿撮要』から『養生訓』へ (入口敦志)

伝奇小説の中の疫鬼たち (木越俊介)

〈病〉と向き合う村びとたちの知恵  ある山村の日記から (太田尚宏)

安政のコレラ流行と歌舞伎 (日置貴之)

幕末役者見立絵と感染症 (高橋則子)

コレラと幕末戯作 (山本和明)

近代小説と感染症  柳浪・漱石・鴎外から (野網摩利子)

関連情報

受賞:
第5回種田山頭火賞 (春陽堂書店 2022年)
https://hofu-santoka.jp/2022/11/03/r41103/

書評:
宗像幸彦 評 (『家の光』 2021年7月号)
http://www.ienohikari.net/press/hikari/backnumber/002424.php

自著紹介:
ロバート キャンベル (国文学研究資料館 2020年4月24日)
https://www.nijl.ac.jp/koten/learn/post-14.html

関連動画:
「日本古典と感染症」 (国文学研究資料館|Youtube 2020年4月24日)
https://www.youtube.com/watch?v=mmMCCiAF4hA&t=10s
 
関連記事:
「その春、世の中いみじうさはがしうて――感染症と日本古典の結びつきについて」 (『ファイナンス』第679号 pp.72-78 2022年6月)
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2022/202206.pdf
 
「ESSENCE OF ELEGANCE 第十二回 ロバート・キャンベル」 (『花椿』No. 829 2021年秋冬)
https://hanatsubaki.shiseido.com/jp/elegance/15096/
 
関連インタビュー:
「ロバート・キャンベル コロナ禍に自由問う 『日本古典と感染症』で種田山頭火賞」 (毎日新聞 2022年11月10日)
https://mainichi.jp/articles/20221110/dde/014/040/003000c
 
「『古典』から見つかる明日――歴史を知ることの意味」(『學』vol. 58 2021年3月)
https://www.nishogakusha-u.ac.jp/koho/kankoubutsu/manabi/vol58/001/index.html

メディア出演:
Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM [ゲスト:ロバート キャンベル] (Tokyofm 2021年6月19日)
https://radiko.jp/share/?sid=FMT&t=20210620010000&noreload=1

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