東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

骸骨のような人々の絵画

書籍名

英国十八世紀文学叢書3 <全6巻> ペストの記憶

著者名

ダニエル・デフォー (著)、 武田 将明 (訳)

判型など

364ぺージ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2017年9月25日

ISBN コード

978-4-327-18053-9

出版社

研究社

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ペストの記憶

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1665年、ロンドンを悪性の疫病が襲った。本書によれば、およそ10万もの人々の命を奪うことになるこの疫病、ペストは、はじめのころ流行するかと思えば鎮静化し、市民をやきもきさせていたが、いつの間にかその勢力を拡大し、ついに毎週1万人近くが絶命するに至る。貴族や金持ちは早々に見切りをつけてロンドンの外に出るが、庶民が慌てはじめたころには、市外への感染拡大を恐れる行政当局によって移動が厳しく管理され、さらには感染者を出した家は、健常者も含めて外出さえも禁じられてしまう。
 
こうした非常事態における、悲惨で、不気味で、ときに滑稽なできごとの数々を、本書は克明に描き出す。著者はあの『ロビンソン・クルーソー』の作者ダニエル・デフォーなのだから、描写が詳しく、真に迫っているのは当然である。デフォーは1660年生まれで、ペスト流行時には5歳だった。しかもこのとき、ロンドンの裕福な商人の家に生まれた彼は、賢明な親に連れられてロンドン市外に疎開していたことも、研究によって明らかになっている。つまり本書は、著者の実体験を記したものではなく、当時の資料を参照し、事実を尊重しつつも、作家デフォーがその豊かな想像力を駆使して作り上げた、ルポルタージュ風フィクションなのだ。
 
本書が刊行されたのは1722年、いまからおよそ300年前になる。だが、ここに描かれる人びとの姿は、現代にも通じるような、またイギリスと日本という国の違いも超えた、根源的な生々しさを放っている。冒頭近く、ロンドンを我先に脱出する上流階級、あやしいペスト治療薬を売り歩く藪医者、奇妙な健康法を実践する人びと。生々しいのは生きている者だけではない。あえて矛盾した言い回しをするならば、死者たちもまた生々しく、不気味に描き出されている。夜、戸外に出された大量の死者たちが、「死の車 (デッド・カート)」なる馬車に積み上げられ、急ごしらえの大穴に次々に投げ込まれる場面の壮絶さ。こんなものは、現代のミステリー小説やドラマでも、なかなか見られるものではない。
 
本書には過去に複数の訳が出ているが、拙訳では現代の読者の心に訴えるような言い回しを用いるよう努め、かつ18世紀イギリスの土地・文化に関するさまざまな情報を注や地図で補うことで、しっかり内容を理解していただけるよう工夫した。その成果がどれほどのものか、私自身には判断できないが、この文章を読んで興味を持たれたならば、ぜひ一度手に取って読んでいただきたい。ページから立ち上がる光景は、意外に身近なものであるかもしれない。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 武田 将明 / 2020)

本の目次

『ペストの記憶』を読むための地図 (武田将明作成)

本文 (原作にはないが、小見出しをつけて読みやすくしている。ただし、小見出しの数が多いので省略)(ダニエル・デフォー著、武田将明訳)

訳注 (武田将明)

訳者解題 (武田将明)

関連情報

著者コラム:
武田 将明「コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えてくれること – 「事実を求めるための感性」の磨き方」 (講談社ホームぺージ 2020年5月1日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72266
 
関連書籍:
100分de名著 デフォー『ペストの記憶』 (NHKテキスト 2020年9月)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000062231172020.html
 
著者出演:
NHK 100分de名著 デフォー『ペストの記憶』
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/101_defoe/index.html
パンデミックにどう向き合うか? (NHK第1回 2020年9月7日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109520SA000/?spg=P202000221300000
生命か、生計か? 究極の選択 (NHK第2回 2020年9月14日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109521SA000/?spg=P202000221300000
管理社会 VS 市民の自由 (NHK第3回 2020年9月21日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109522SA000/?spg=P202000221300000
記録すること、記憶すること (NHK第4回 2020年9月28日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109523SA000/?spg=P202000221300000

動画講義:
10mTV 武田 将明「コロナ禍で注目されているデフォーの『ペストの記憶』とは」
『ロビンソン・クルーソー』とは何か(7)『ペストの記憶』とデフォーの文学 (テンミニッツTV)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3675
 
関連記事:
中島隆博 (東京大学東洋文化研究所教授) 「新しい社会的想像力のために」 (日本医師会COVID-19有識者会議 2020年6月11日)
https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/2452
 
書評:
鴻巣友季子「コロナ禍で100万部ベストセラーが誕生!2020年に読むべき23冊」 (現代ビジネス 2020年12月28日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78792

鴻巣友季子 (翻訳家、エッセイスト)「ロビンソン・クルーソーの作者による「ペストの記憶」 晦渋と思しき原文を現代の実感に置き換えた訳文もみごと」 (BookBang 2017年12月27日)
https://www.bookbang.jp/review/article/545003
 
林 直樹 (尾道市立大学准教授) 評「都市ロンドンの生存闘争を鋭く浮かび上がらせた作品」 (週刊読書人 2017年12月8日)
https://dokushojin.com/review.html?id=7527

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