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白い表紙にゴールドの書名

書籍名

100分de名著 デフォー『ペストの記憶』

著者名

武田 将明

判型など

116ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年8月25日

ISBN コード

978-4-14-223117-1

出版社

NHK出版

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デフォー『ペストの記憶』

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イングランドの作家ダニエル・デフォーによるA Journal of the Plague Year (1722) は、『ロビンソン・クルーソー』とならぶ彼の代表作で、古くは『ペスト』(平井正穂訳、中公文庫) の訳題で知られていた。
 
題名を『ペストの記憶』として、私が同書の新訳を刊行したのは2017年 (本訳書については、Biblioplaza内の別ページを参照)。その数年後に、新型コロナウイルスという、ペストほど致命的ではないものの容易に収束しない新たな感染症が人類を襲うことなど、まだ誰も知らなかった。
 
2020年に入り、世界中で新型コロナウイルスが猛威をふるいはじめると、ワクチンなど感染を抑える有効な手段をもたぬまま、人びとは見えざる恐怖にさらされることとなった。この時期の世の中を見ると、『ペストの記憶』を思い出さないわけにいかなかった。生活必需品の不足。外出時にソーシャル・ディスタンスを取る人びと。情報の不足が招いたデマの拡散や、あやしい薬の登場。貧しい人ほど感染の危険が高まるという非情さ。すべてデフォーが記録した現実と一致していた。
 
もちろん、老若男女関係なく速やかに命を奪うペストと、重症化しなければ恢復の可能性が高いコロナウイルスとを同一視することはできないし、17世紀と21世紀では、前提となる医学的な知識も異なる (ロンドンがペストに襲われた1665年には、まだペストが細菌によって引き起こされることさえ分かっていなかったし、ましてウイルスなどというものも未知の存在であった)。しかし、だからこそ、文明と医学の進歩にもかかわらず浮き彫りになる、パンデミック下に共通する人間のふるまいについて、安易な類似点の指摘ではなく、テクストの精読と批評に基づいて解明することは重要ではないかと思われた。
 
そんな折、NHKの長寿番組『100分de名著』のプロデューサーから、『ペストの記憶』を扱いたいとの連絡を受けた。目下進行しているパンデミックを意識した企画なので、(おそらく、古典的な名著を読み解く本番組にしては珍しく) かなり急いで準備を進めた。本書はこの番組のテキストとして編まれたものである。ただし、放送ではテキストのごく一部しか取り上げていないので、私としては、番組を見た人も見ていない人も、ぜひこちらのテキストを読んでいただければと思う。
 
本書は4回の放送に合わせ、4章に分かれている。『ペストの記憶』がコロナ禍の社会に投げかける問題点を明快に示すために、別々の視点から、かつ徐々に視野が広がるように並べたつもりである。第1章「パンデミックにどう向き合うか」は、突如として疫病の恐怖に襲われた個人が、どのように不安と付き合うべきかを取り上げ、第2章「生命か、生計か? 究極の選択」では、家庭や商店・企業を念頭に、健康を重視するのか、家計や経営を重視するのかというジレンマに立たされた人びとの姿を扱い、第3章「管理社会vs市民の自由」では、行政と市民との立場の違いからくるパンデミック下での対立を描出し、第4章「記録すること、記憶すること」では、いま進行する危機をいかに記録し、後世に伝えるべきかを考察した。
 
Zoom会議で、プロデューサーや編集者を前に語った内容をライターに書き起こしていただき、不明確な点を徹底的に改稿し、理解の参考になる注も多く付したことで、18世紀の英文学を読んだことがない人でもアクセスしやすいテクストができあがったと思う。あなたがこの文章を読んでいるいま、コロナ禍中か、まだ記憶の新しいころか、あるいは歴史上のできごととして落ち着いたころか、私には分からない。しかし、そのいずれの時期であっても、本書を読み、さらに原作の『ペストの記憶』を読むことで、得られるものはあるだろう。手にとっていただければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 武田 将明 / 2022)

本の目次

【はじめに】パンデミックと記録文学
 
第1回 パンデミックにどう向き合うか?
 
第2回 生命か、生計か? 究極の選択
 
第3回 管理社会vs市民の自由
 
第4回 記録すること、記憶すること

関連情報

著者コラム:
武田 将明「コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えてくれること – 「事実を求めるための感性」の磨き方」 (講談社ホームぺージ 2020年5月1日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72266
 
関連書籍:
ダニエル・デフォー[著] / 武田将明 [訳] 『ペストの記憶』 (研究社 刊 2017年9月25日)
https://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-18053-9.html
 
著者出演:
NHK 100分de名著 デフォー『ペストの記憶』
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/101_defoe/index.html
パンデミックにどう向き合うか? (NHK第1回 2020年9月7日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109520SA000/?spg=P202000221300000
生命か、生計か? 究極の選択 (NHK第2回 2020年9月14日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109521SA000/?spg=P202000221300000
管理社会 VS 市民の自由 (NHK第3回 2020年9月21日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109522SA000/?spg=P202000221300000
記録すること、記憶すること (NHK第4回 2020年9月28日放送)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109523SA000/?spg=P202000221300000
 
動画講義:
10mTV 武田 将明「コロナ禍で注目されているデフォーの『ペストの記憶』とは」
『ロビンソン・クルーソー』とは何か(7)『ペストの記憶』とデフォーの文学 (テンミニッツTV)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3675
 
関連記事:                                                                         
中島隆博 (東京大学東洋文化研究所教授) 「新しい社会的想像力のために」 (日本医師会COVID-19有識者会議 2020年6月11日)
https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/2452
 
書評:
雑感 “ペストの記憶” (京都産業保健総合支援センター メールマガジン 238号 2021年5月6日)
https://www.kyotos.johas.go.jp/archives/backnumber/backnumber-24076
 
鴻巣友季子「コロナ禍で100万部ベストセラーが誕生!2020年に読むべき23冊」 (現代ビジネス 2020年12月28日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78792
 
鴻巣友季子 (翻訳家、エッセイスト)「ロビンソン・クルーソーの作者による「ペストの記憶」 晦渋と思しき原文を現代の実感に置き換えた訳文もみごと」 (BookBang 2017年12月27日)
https://www.bookbang.jp/review/article/545003
 
林 直樹 (尾道市立大学准教授) 評「都市ロンドンの生存闘争を鋭く浮かび上がらせた作品」 (週刊読書人 2017年12月8日)
https://dokushojin.com/review.html?id=7527
 
書籍紹介:
感染症の厄介さをそのままに描く『ペストの記憶』 3つの優れた特徴 (NHK Text View 2020年10月16日)
https://www.excite.co.jp/news/article/NHKtextview_43522/
 
ペストはどんな病気だったのか (NHK Text View 2020年10月16日)
https://www.excite.co.jp/news/article/NHKtextview_43526/
 

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