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書籍名

感染症と経営 戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか

著者名

清水 剛

判型など

184ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2021年4月27日

ISBN コード

978-4-502-37741-9

出版社

中央経済社

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

感染症と経営

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戦前が「感染症の時代」だった、と言うと意外に思う人がいるかもしれない。戦前を描いた小説やドラマなどでこの点が強調されることはあまりない気がするが、実のところ戦前の人々は結核やインフルエンザ等の様々な感染症にさらされており、一方で抗生物質やワクチンはまだ社会に普及していなかった。この意味で、戦前の日本の人々は感染症による死や健康を損なうリスクに直面していたのである。しかし、戦後に入り、抗生物質やワクチンが普及し、医療技術も進歩することで、日本における感染症のリスクは急速に低下した。この結果、我々は戦後の長い間、感染症のリスクを重大なものとは捉えてこなかった。
 
しかし、現在、我々は新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) という新たな脅威に直面することで、感染症の影響の下でいかに生きるかという、長い間考えてこなかった問題を考える必要に迫られている。
 
本書は、そのような状況を踏まえて、かつての「感染症の時代」である戦前の日本において、企業と個人とがどのような関係にあり、そのことは感染症の脅威に対してどのような意味で持っていたかを検討し、そこから現在の「withコロナ」の時代における企業と個人との関係を考えようとしたものである。
 
本書の結論をまとめてしまえば、人々が企業との間で協力的な関係を構築し、これに基づいて企業が人々に将来のリスクに対する保障を提供することで、感染症がもたらす死の可能性等のリスクに対応できる、ということになる。すなわち、企業が例えば労働者に対する死亡・入院時の生活保障や雇用の維持、あるいは株主に対して長期的な分配の増大という形でリスクに対応する手段を提供し、人々はこのような企業で働き続け、あるいは投資をし続ける。
 
本書では、このようなやり方が戦前日本で実際に使われており、現代においても利用可能であることを論じている。言い換えれば、協力的な関係を構築することで、現代においても企業は人々が将来の不確実性に対応するための手段となりうる、ということになる。
 
もちろん、本書(第6章)でも述べたが、人々が企業に依存すればするほど、企業は人々に対して権力を持ち、企業に人々を従属させようとする。企業を手段として利用するためには、企業に権力を持たせないような仕掛けが必要なのである。これについては本書でも少し論じているが、これ自体決して簡単なことではない。しかし、権力を持たないように制御できれば、企業は不確実性に対応する有効な手段となりうる。
 
新型コロナウイルス感染症は (若干の期待を込めていえば) そう遠くない未来に終息するかもしれないが、一方でその後にも新たな感染症が発生する可能性も指摘されている。そのような新たな感染症の時代において、企業はこのような時代を生き残る一つの手段となりうる。本書を読みながら、企業をいかにうまく使ってこれからの時代を生きるか、考えていただければと思う。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 清水 剛 / 2021)

本の目次

序 章 「死」が身近にある社会
 1.「コロナ後」と戦前の日本社
  (1) スペイン風邪のインパクト
  (2) 死亡率の高さ
  (3) 主たる死亡要因
 2.「死」が身近な社会
  (1) 日常の中の「死」―『細雪』と『ゴンドラの唄』―
  (2) 「死の影」の下での人々の行動
 3.「コロナ後」の社会と戦前の日本社会
 
第1章 「死」と労務管理
 1.「死の影」の下での労務管理
 2.戦前における労務管理の変化︱繊維産業を例として
 3.「コロナ後」の労働者と企業の関係
 
第2章 労務管理の変化と「東洋の魔女」の誕生
 1.「死の影」が薄れた場合の変化
 2.「死の影」が薄れる社会
 3.戦後における労務管理の変化︱繊維産業を例として
 4.教育機会の拡大
 5.企業スポーツの変容
   ―レクリエーションから「東洋の魔女」へ―
 6.「コロナ後」の経営に対する示唆
 
第3章  「死の影」の下での消費者
   ―三越・主婦の友・生協はなぜ誕生したか―
 1.「死の影」の下での消費者
 2.戦前の日本における消費者と企業
 3.戦前における流通の変革
  (1) 百貨店
  (2) 出版社による代理販売
  (3) 消費組合と小売市場
 4.「コロナ後」の消費者と企業の関係
 
第4章 企業と株主の関係
   ―短期志向にいかに対応するのか―
 1.「死の影」の下での企業と株主
 2.戦前の株主と経営者の関係
  (1) 株主の短期志向
  (2) 株主の経営に対する影響力︱社長の多くは非常勤だった
 3.「コロナ後」の株主と企業の関係
 
第5章 「死の影」の下での企業
 1.企業の意義
 2.戦前の日本企業は永続的なものだったのか?
 3.企業を永続化する試み―組織的経営と会社形態の利用―
 4.「コロナ後」の企業
 
第6章 企業に閉じ込められないために
 1.永続的な企業との関係
 2.「学卒」ホワイトカラーの進出
 3.悩める「サラリーマン」たち
 4.再論:「コロナ後」の労働者と企業の関係
 
終章 「コロナ後」の経営

関連情報

自著解説:
「風立ちぬ」、樋口一葉、そしてUber運転手―『感染症と経営:戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか』へのイントロダクション (中央経済社 | 新型コロナ危機下のビジネス実務 2021年5月8日)
https://note.com/chuokeizai/n/n1881f602fa0d
 
著者コラム:
「不確実性の時代」に生き残る企業 (『Voice』 2021年9月号)
https://www.php.co.jp/magazine/voice/?unique_issue_id=12525
 
第3回: 感染症と「死」、そして企業経営 (3) ―戦前日本企業は短期志向をどのように克服したか (中央経済社 | 新型コロナ危機下のビジネス実務 2020年6月26日)
https://note.com/chuokeizai/n/nd63b6bf8356a

第2回: 感染症と「死」、そして企業経営 (2) -三越・主婦之友・生協はなぜ誕生したか (中央経済社 | 新型コロナ危機下のビジネス実務 2020年6月10日)
https://note.com/chuokeizai/n/n7a57d59ebab5

第1回: 感染症と「死」、そして企業経営―戦前の日本社会から「コロナ後」を考える (中央経済社 | 新型コロナ危機下のビジネス実務 2020年6月10日)
https://note.com/chuokeizai/n/n6619711ae97a

ラジオ | ポッドキャスト:
『感染症と経営:戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか』清水剛|音読ブラックスワン#53 (黒鳥社 blkswn radio 2021年7月4日)
https://anchor.fm/blkswn-radio/episodes/53-e13t2bt

書評:
宮田憲一 評 (『経営史学』57巻4号46-49頁 2023年3月)
http://bhs.ssoj.info/bhsj/sub03.html
 
谷合佳代子 評 (大阪産業労働資料館 エル・ライブラリー ブログ 2022年8月)
https://l-library.hatenablog.com/entry/2022/08/17/155135

Julia Yongue 評  (『Shashi: The Journal Of Japanese Business And Company History』, 7(1), 48-50  2022年)
https://shashi.pitt.edu/ojs/index.php/shashi/issue/view/7

アフターコロナ時代の会社経営…「死の影」身近だった戦前社会にヒントあり! (Jcastニュース 2022年2月17日)
https://www.j-cast.com/kaisha/2022/02/17430832.html?p=all
 
吉村典久 評 (『企業家研究』19号 2022年2月)
https://kigyoka-forum.jp/journal/#k19
 
高尾義明 評 (『組織科学』55巻2号 2022年1月11日)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/soshikikagaku/55/2/_contents/-char/ja

長谷川翼 評 (『労働調査』 2021年10月号)
https://www.rochokyo.gr.jp/articles/br2110.pdf

<本の棚> 橋本摂子 評 (『教養学部報』第630号 2021年10月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/630/open/630-02-2.html
 
島本実 評 (『企業会計』73巻9号 2021年9月号)
https://www.biz-book.jp/isbn/502109
 
inほんmation: 弥永真生 評 (『旬刊経理情報』 2021年7月20日号)
http://www.keirijouhou.jp/bn_new/1617.html
 
今週の本棚:松原隆一郎 評 (毎日新聞 2021年5月29日)
https://mainichi.jp/articles/20210529/ddm/015/070/023000c

山田 仁一郎 (京都大学 経営管理研究部・教育部教授) 評 Book Review (山田 仁一郎 researchmap 研究ブログ 2021年4月25日)
https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/78875/6418749e72b6a8214f6035dd83fc6415?frame_id=500699

教員おすすめ図書: 村松幹二 (駒沢大学経済学部教授) (駒沢大学ホームページ 2021年2月1日)
https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2021/0201-9905.html
 

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