東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

ベージュの表紙

書籍名

カーシャーニー オルジェイトゥ史 イランのモンゴル政権イル・ハン国の宮廷年代記

著者名

大塚 修、 赤坂 恒明、髙木 小苗、水上 遼、渡部 良子 (訳註)

判型など

516ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2022年11月20日

ISBN コード

978-4-8158-1105-1

出版社

名古屋大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

カーシャーニー オルジェイトゥ史

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、モンゴル帝国時代西アジアで編纂されたペルシア語年代記『オルジェイトゥ史』(1318年頃) の日本語訳註である。この年代記の著者アブー・カースィム・カーシャーニー (1323年以降没) は、モンゴル人によって西アジアに建国されたイル・ハン国 (1256–1357) に仕えたペルシア系の歴史家であり、イスラーム教への改宗で知られる第7代君主ガザン (在位1295–1304)、およびその弟で後継者となった第8代君主オルジェイトゥ (在位1304–16) に仕えた。『オルジェイトゥ史』は、その題名が示しているように、イル・ハン国君主オルジェイトゥの伝記であり、主にオルジェイトゥの治世に起こった出来事を記録した年代記になっている。
 
モンゴル時代に編纂されたペルシア語の歴史書として有名なのは、ラシード・アッディーン (1318年没) 著『集史』(1307年) であるが、『オルジェイトゥ史』には、『集史』脱稿後のイル・ハン国宮廷の情報が詳細に記録されている。また、宮廷の情報に加え、同時代のジョチ・ウルスやチャガタイ・ウルスなどのモンゴル帝国内の事情、さらには、マムルーク朝など周辺のムスリム諸王朝の情報も含まれている。さらには、他の文献には存在しない、イルビル、ギーラーン、ホルムズ、インドに関する詳しい地方誌も紹介されるなど、この時代の歴史を考察する上で重要な史料の一つである。特筆すべきは、カーシャーニーは、無味乾燥な歴史書が多いペルシア語歴史叙述の伝統に反して、自分の意見を遠慮なく開陳した稀有な歴史家であるという点である。例えば、自らの主人で近しい関係にあった宰相ラシード・アッディーンに対する批判を各所で繰り返しており、ラシード・アッディーンという「偉人」に対する評価を考える上で、興味深い記述を残している。
 
しかし、このような史料的重要性にもかかわらず、『オルジェイトゥ史』の刊本が出版され、研究者がそのテクストを容易に利用できるようになったのは1960年代と比較的遅い時期であり、かつ、その刊本には多くの不備があったために、残念ながら、その正確なテクストはこれまでに学界で共有されてこなかった。このような背景に鑑み、本訳註の作成は、現存最古の手稿本 (Istanbul, Süleymaniye Library, Ms. Ayasofya 3019/3、1351年書写) を精読し、周辺文献を参照しつつペルシア語テクストを最初から再構成することと並行して行い (ペルシア語テクストの方も数年以内に別途刊行する予定である)、『オルジェイトゥ史』のテクストの新解釈を含んだものとなっている。『オルジェイトゥ史』はペルシア語のテクストではあるものの、モンゴル帝国時代の多言語が使用されている環境で編纂されたものであるため、ペルシア語以外にも、アラビア語、テュルク語、モンゴル語、漢文を中心とする様々な言語の知識、そして何より、ユーラシア大陸各地の文化的背景の知識が必要となる。これは一人で成し遂げられる仕事ではなく、5名の研究者による共同研究の成果となっている。また、翻訳に付された註釈と解説は、最新の研究成果を反映したものになっていて、モンゴル帝国史研究の「参考書」という意味も併せ持っている。
 
これまでに出版されたペルシア語作品の日本語訳は、文学に関わるものが多く、歴史書の全訳註は一冊も刊行されてこなかった。本書は、ペルシア語の歴史書初の日本語全訳註の試みでもある。本書を手にとってペルシア語の歴史書独特の世界観や修辞表現の世界に触れてもらいたい。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 大塚 修 / 2023)

本の目次

史料解題
1 はじめに
2 カーシャーニーの生涯と著作
 2–1 生 涯
 2–2 著作活動
3 『オルジェイトゥ史』の史料的価値
 3–1 構 成
 3–2 情報源
 3–3 ペルシア語文化と『オルジェイトゥ史』
 3–4 モンゴル文化と『オルジェイトゥ史』
4 『オルジェイトゥ史』諸手稿本
 4–1 イスタンブル本
 4–2 パリ本
5 『オルジェイトゥ史』諸刊本
 5–1 テヘラン刊本
 5–2 ゲッティンゲン刊本
6 本訳註の意義
 
『オルジェイトゥ史』訳註
著者による序文

本 編
オルジェイトゥ即位記
704年の出来事
705年の出来事
706年の出来事
707年の出来事
708年の出来事
709年の出来事
710年の出来事
711年の出来事
712年の出来事
713年の出来事
714年の出来事
715年の出来事
716年の出来事
跋 文
頌 詩

関連情報

書評:
矢島洋一 評 (『オリエント』第66巻第1号 2023年)
https://cir.nii.ac.jp/crid/1520579399381540608

関連論文:
大塚修「史上初の世界史家カーシャーニー:『集史』編纂に関する新見解」 (『西南アジア研究』第80号 pp. 25–48 2014年)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/260482

このページを読んだ人は、こんなページも見ています