東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

樹に咲く白い花の写真

書籍名

メディアと社会の連環 ルーマンの経験的システム論から

著者名

佐藤 俊樹

判型など

450ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2023年3月2日

ISBN コード

978-4-13-050206-1

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

メディアと社会の連環

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は社会学者ニクラス・ルーマンのコミュニケーションシステム論を、経験的な分析のツールとして再構築したものである。
 
ルーマンのコミュニケーションシステム論は「自己産出系論autopoietic system theory」の一種である。自己産出系論は生物学者のH・マトゥラナとF・バレラによって提唱されたもので、生物学や認知科学などの自然科学から人文科学まで、広い分野で用いられている。

マトゥラナたちも社会への応用をめざしたが、システムの要素を「人person」としたため、適切な理論を構築できなかった。それに対して、ルーマンは要素を「コミュニケーション」とすることで、一貫性のあるモデルを構築することに成功したが、適用できる対象を適切に限定することができなかった。

本書では、ルーマンの理論を引き継いで (1) 要素を「コミュニケーション」とした上で、(2) 要素の自己再生産self-reproduction of elementが経験的に観察できる対象にのみ適用できるとした。それによって社会の一般理論だとはいえなくなるが、社会科学、特に社会学では従来から、ある出来事が同じ種類の出来事を再生産していく事態が注目されてきた。組織における決定の再生産、法における実定法の再生産 (実定法の循環)、そして科学における研究の再生産、マスメディアにおけるニュースの再生産などである。
 
こうした形で再生産される出来事 (単位) は、要素の自己生産になっており、自己産出系論の定義である「回帰的ネットワークrecursive network」を充たす。具体的にいえば、決定や法や研究やニュースといった単位は、時間的に先行する単位が後続する単位を因果的に方向付けるとともに、後続する単位によって先行する単位が事後的にbackwardly再解釈される。そのようにして、ある出来事 (単位) が同じ種類の出来事 (単位) を「コミュニケーション」として再生産しつづけている。
 
このような対象に適用範囲を限定すれば、コミュニケーションシステム論は経験的な反証可能性をもつ理論モデルとして使える。もちろん、それによって厳密な意味での一般理論ではなくなるが、このような対象は先ほど述べたように、社会科学でも広く観察されており、モデルとしての汎用性は十分にある。
 
本書では、(a) こうした再定義によって、コミュニケーションシステム論を経験的な分析のツールとして再構築した。(b) (a) にもとづいて、組織やマスメディア、政治などでの興味深い事態を従来よりも、より明確にかつより一貫的に説明できることを示した。さらに (c) 複雑系やベイズ更新などの自然科学の手法が社会科学の研究にどの程度適用できるかを、社会学の立場から明らかにした。
 
社会科学ではしばしば自然科学の手法が拡大適用されてきた。物理学の理論を用いた経済学の市場モデルが無反省に使われるのもその一つである。こうした無反省な拡大適用は自然科学と社会科学の間の対話や協力関係をかえって阻害するだけでなく、お互いの不信感まで生み出す。本書では、社会科学が固有にあつかってきた事象の範囲内で、コミュニケーションシステムを厳密に再定義することで、自然科学の理論を社会科学で適切に使うやり方を具体的に示した。その点では、自然科学のモデル一般を社会科学や人文科学に応用するための方法論も示している。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 佐藤 俊樹 / 2023)

本の目次

序論 経験的システム論への転回 ~社会学における理論の地平とマスメディア
 
第I部「メディアと社会」
1 サブカルチャー / 社会学の非対称性と批評のゆくえ ~「世界を開く魔法」社会学篇
2 制度と技術と民主主義 ~ネット社会の政治システム
3 世論と世論調査の社会学 ~「前面化」と「潜在化」の現在と未来
4 現代メディアと批評する個人 ~ジャーナリズムのシステム論から
5 機能的に分化した社会のマスメディア ~報道するシステムと知のあり方
6 「社会学の知」の位置と資産
R-1 ルーマン斜め読みのススメ ――ニクラス・ルーマン (小松丈晃 訳)『社会の政治』(法政大学出版局、二〇一三年)
R-2 神と天使と人間と ――大澤真幸『社会学史』(講談社、二〇一九年)
 
第II部「システムの公理系」
1 自己産出系の公理論 ~システム論のsyntaxとsemantics
2 自己産出系のセマンティクス あるいは沈黙論の新たな試み
3 回帰的なネットワーク ~社会の自己産出系の解説1
4 「固有値」と機能的分化 ~社会の自己産出系の解説2
R-3 Taking Autopoiesis seriously ――ニクラス・ルーマン (馬場靖雄 訳)『社会システム』(勁草書房、二〇二〇年)
 
第III部「システムとネットワーク」
1 ネットワークと境界性 ~第三世代システム論からの考察
2 オートポイエティック・システム論から組織を見る ~「二次の観察」としての理論の射程
R-4 M・ウェーバーの「失われた一〇年」 ――『マックス・ウェーバー全集』(MWG) が開く新たな世界
 
終わりに 人と学術

関連情報

著者エッセイ:
「ルーマンと / の社会学~「思想」から「科学」へ~【前編】」 (note|東京大学出版会 2023年3月15日)
https://note.com/utpress/n/n2802cb185a13
 
「ルーマンと / の社会学~「思想」から「科学」へ~【後編】」 (note|東京大学出版会 2023年3月16日)
https://note.com/utpress/n/n2ed59770221d
 
書評:
加島卓 評 (『神奈川大学評論』第103号 2023年7月)
https://www.kanagawa-u.ac.jp/aboutus/publication/criticalessay/hyouron_103.html
 
竹峰義和 評「楽しいルーマン、使える理論」 (『教養学部報』第646号 2023年6月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/646/open/646-2-02.html
 
書籍紹介:
【試し読み】序論「経験的システム論への転回――社会学における理論の地平とマスメディア」より (note|東京大学出版会 2023年3月14日)
https://note.com/utpress/n/n807ceca0b853

このページを読んだ人は、こんなページも見ています